ようこそ。ちえの輪倶楽部のWebサイトへ。

「ちえの輪倶楽部」は、音楽教育家・北村智恵を中心とした、ピアノ指導者サークルです。
音楽セミナーやイベント、コンサートを企画・運営、またピアノ指導者のネットワークづくりを行っています。

ちえ先生とわたし


ちえ先生の大きな木

 「ピアノの先生になりたい」という小さな頃の夢の一つを叶えられたところまでは良かったのですが、いざ習う側から教える側へと立ってみれば「ド」の場所がどこかも知らなかった時分のことはさっぱり思い出せず、日本人なら当然知っているであろう童謡という共通項も年々知らない子が増えて、順序よく何を伝え、導いていけば良いのかさっぱりわからずで、無力感に襲われ途方に暮れることしばしばでした。
 藁をも掴む気持ちで行ける限りのセミナー行脚を続けていた時に出会ったのがちえ先生のピーターラビット講座でした。最初はシンプルな楽譜に戸惑い、その中にこめられた知恵と想いの深さを知り驚き、これこそはきっと私の学びたかった事だわ!と無理を言って月一度のクラスに入れて頂きました。無知の怖さを教えられることばかりですが、生来がのんき者なせいか、ちえ先生が注意して下さることによってまるで毎回自分が洗濯されるような快感を覚えて通っています。
 特に自分の出したピアノの音をいかに聴けていないかということと、レッスンの中での声かけの大切さについては毎回「あちゃー、またやってしまった...。」と思うことばかり。いかに自分が無意識にしてはいけないことをしているか!毎回顔が赤くなったり青くなったりしながらも、お宅の門を出る時には「あ~楽しかった。また来月こなくっちゃ!」とルンルンしている自分に気づきます。
 ちえ先生の「学ぶことは変わること」のお言葉通りに、先生のレッスンからピアノの奥深さと楽しさと厳しさを改めて味わえるようになってきました。最近は生徒からも少しずつ嬉しい変化を感じとることが出来、驚かされることも多いです。
 例えば、幼稚園の頃から通ってはいるけど一週間に二三度ピアノに触ってるかな?と思う子が、四年生の終わりからピーターラビット教本にじっくり取り組み始め、中学一年生になる今年は発表会で合唱曲の伴奏を自分からやりたいと言いだしたりして、いつ出るかわからなかったやる気の芽をピーターラビットが育ててくれたのだと確信しています。合唱曲の練習だけでなくソロのブルクミュラーも頑張って欲しいところですが...。
 凸凹道を超低速で進んでは戻りつの私ですが、ちえ先生という豊かな木から生まれた実の一つに私もなりたいなと願う今日この頃です。
(大阪府箕面市 U.N.)



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「月に一度はちえ先生♪」

 ちえ先生の指導者ゼミに参加して13年、今は毎月の「サロンゼミ」に参加させて頂いている。でも演奏を担当する曲があるとゼミの前は大慌ての情けない有り様である。先々月の事、ゼミの前にやっぱりそんな調子で練習をしていたら、そばを通られた先生が「月に一度はいくこちゃん♪(私の名前は「育子」)」と笑顔でおっしゃった。どういう意味だろう?とちょっと悩んだが、後ろめたさのある私は「月に一度焦って練習の育子ちゃんって事かなぁ?やっぱり先生はお見通しだ」と大反省。そして今月、いつものゼミでハノンを先生に聴いて頂いた時の事。モタモタしていた弾き方が先生のアドバイスのお陰で上手くいきだした!先生の言葉がストンと私の中に入って、なおかつ上手く弾けたのが嬉しくて、弾きながら「ああ、先月来てなかったからなぁ...やっぱり月に一度はちえ先生やなぁ」と、しみじみ思ってしまった。そしてその数分後、ちえの輪倶楽部事務局からこの原稿の依頼を受けた。テーマは「月に一度はちえ先生」ではどうかと。私はさっきの私の心の声が聞こえたのかな?と驚いた。聞くと、すっかり忘れていたがどうやら数年前に私がそう言っていたらしい。それは言葉どおり、月に一度はちえ先生の教えを受ける!と言う意味である。そのフレーズをスローガン(?)にしていた数年前も、すっかり忘れていた今も、やっぱり同じ事をしみじみ感じていた私を我ながら笑ってしまった。そして、私を悩ませたちえ先生のあの言葉はそのスローガンをただもじったものだったのだ!ああ恥ずかしい。いやいや、きっと先生はお見通し。月に一度のいくこちゃんはやっぱり月に一度はちえ先生♪なのである。
(大阪府高槻市 T.I.)



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「ちえ先生と出会えて本当に良かった!」

 「うちの子にピアノ教えてくれへん?ちょっと弾けたらいいねん。」と、息子が幼稚園の時、友人に声をかけられました。「うん、いいよ。」と軽く引き受けたものの、楽譜通りに正しく音符を弾けたらそれで良いのか、と悩みました。ちょうどその時に智恵先生がピアノ指導者のためにされている講座があることを知り、「これだ!」とすぐに申し込みました。
ピアノの教え方を教えてもらえると思って行った講座で学んだものは、方法ではありませんでした。「音楽とは自分自身を語ること。音楽教育とは語るべきその人らしさを育てること。」という智恵先生の言葉に、レッスンでは楽譜通りに弾けているかどうかの確認作業をしていただけだったということに気づきました。私自身も今まで弾き方を教えてもらい、CDを聞いて真似てきたため、聞いたこともCDもない曲はどう弾けば良いか分からず、怖くて弾けなかったのです。
 その後、智恵先生にレッスンをみていただけることになり、「あなたはどうしたいのですか。」と問われるたびに一生懸命考え、言葉にし、音で表現することを続けている間に、感じる心が増え、ピアノを弾く事が楽しくなり、生徒とのレッスンが楽しみになりました。
 智恵先生に出会えて本当に良かった。「一つの事を深く学び続ける」とはこういうことなのか、と実感しています。今が一番幸せ、と思う毎日です。この幸せを生徒たちにも味わってもらえるように学び続けたいです。あの時、幼稚園に通っていた息子は、社会に出て自分の道を歩き始めています。
(大阪府茨木市 D.S.)



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出逢いに感謝
 智恵先生と私を巡り合わせてくれたのは、 学生時代のレポート課題となった「子どもの眼の高さで歌おう」という1冊の本でした。卒業後、音楽教室や自宅でピアノを教える道に進み、いろんな壁にぶつかった時いつも私を支えてくれる1冊となりました。そして夫の転勤に伴い各地を転々とし、奈良県に落ち着いた時、ピーターラビットピアノの本が再び智恵先生と出会う機会をくれました。お話を聞く度、引寄せられ、自分が今求めていることだ...と感じさせられたので思わず個人レッスンをお願いしましたが、過去に師事した先生方とは全く違うレッスンに衝撃を受け涙が出ました。具体的な音の出し方、何より自分の音をよく聴くこと...演奏する為に大切なことができていなくて弾けたつもりになっていた自分に気づかされました。もう一度初心に戻ってピアノ人生をやり直そう!智恵先生となら乗り越えられる!!と強く感じました。ピーターラビットピアノの本1巻からもう一度...。
 子ども達と一緒に少しずつ前へ進もう。
 純粋で素直で優しい子ども達と音楽を一緒に楽しめるように。
(奈良県生駒市 K.T.)

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素敵な活動
 私がちえ先生の講座に通いだしたのは、ピアノ指導者の為の2年間のご自宅での講座でした。初回から、先生の「再び2年間学校に通うつもりで一緒にがんばりましょう!」のパワフルなお言葉に絶句...。どんな指導のノウハウを教えてくださるのかと無意識に受身で考えてた自分を恥ずかしく思った事をよく覚えています。それから2年間、毎回先生の音楽と生徒への愛情溢れるアイディアの数々には、目から鱗どころか目玉が飛びでそうになる事もしばしばでした。ピアノを教えるってこんなに楽しい事だったのか、と思いました。
 そして「ピーターラビットピアノの本」の実際のお稽古も見学しました。先生は、どの生徒さんにもほんとに真剣で、考えなく適当な音を出すと、とたんに「ちがうでしょ!」と雷が落ちます。でも何度も何度もやってみて1曲が仕上がるとほんとに肩を叩いて一緒に喜んで下さいます。だから、みなさん音がほんとに美しい!私は、感激して「先生、私もう一度ピーターの本のはじめからやり直します。」と思わず言いました。先生は、「いいわね!」ととても喜んで下さいました。技巧的に難しい曲でなくても、ピアノを美しい音で丁寧に弾く事は素晴らしいと思う人達が増えて欲しいです。生徒達と一緒にこれからも、練習を続けます。素敵な活動に出逢えて幸せだなと思うこの頃です。
(大阪市 I.R.)

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信じられる先生に
 「ちょっと、梅村さん!」と受講初日に、ちえ先生は教室にかけこんで、私に「大切な事だから」と、受講料をお渡しする封筒の表書きを丁寧に教えて下さいました。実はその前に、「封筒にはこう書くのよ」と、その日一緒に連れて来て下さった方に教えていただいたのに、それが出来ていなかったのです。
 これまで、「有名な先生」、「偉い先生」にレッスンをしていただく機会がありましたが、「封筒に金額や名前を書くな!」と強く言われ、ひどい場合は、お金だけを抜いて封筒を返された経験から、封筒に何かを書くことに恐怖心を持っていたのです。
 初めて来た一受講生に、「大切な事だから」と、心を砕いて接してくださる先生に、これまでのショックな出来事で固くなった心が、じんわりと温かくなりました。「信じられる先生」に出会えた瞬間でした。
 初めて受講した「ピーターラビットピアノの本」の講座では、先生の作品とピーターラビットについて、生の声で「伝えたいこと」を沢山教えて下さいました。(沢山といっても無限大なので「ここは」というポイントだと思います。)レッスンでこの本と出会った生徒一人一人が、違う感性を持ち、教える側に新しい発見をもたらしてくれます。音符はシンプルでも音楽は無限という世界があり、生徒も新しい曲との出会いを楽しみにしています。講座の中で、何度も先生がおっしゃった「子供を見くびらない」という言葉を何よりも大切に、私自身も成長していきたいです。
(大阪府枚方市 U.C.)

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はじめてのスランプ
 私は4歳から智恵先生のもとでピアノを習いはじめ、小学校低学年の頃までは、先生のおかげでレッスンも楽しく、順調に?上達していった。ところが小学校4年生の夏頃から新しい曲の譜読みが難しくなり、練習をサボリはじめ、スランプに突入、当然レッスンでも怒られることが多くなっていった。一ヶ月たっても単純な最初の4小節も弾けないままレッスンを受けていたある日、先生は「このまま練習しないでレッスンに来るのなら、一ヶ月ピアノをやめて、本当に自分がピアノを弾きたいのかどうか考えてみなさい。」とおっしゃり、私はレッスンに行けなくなってしまった。そうなってみると、先生や友達には会いたいし、ピアノをこのまま弾けなくなってしまうのは嫌だと思い、その一月間はこれまでに無く熱心に練習した。今まであたり前のようにそばにあった人や物を失って初めて、その大切さに気付くという体験を、その時にしたのだ。そして5年生になった頃に私は音楽を一生の仕事としていく決心をし、音楽高校、大学へと進学し、今につながっている。
 ピアノを教える立場となった今、同じような場面で私は「一度ピアノをやめて自分で考えてみなさい。」と言えるのだろうか?その生徒がピアノを好きな筈だと確信がないとなかなか難しい。智恵先生は私の本心を知っていたし、信頼してくださっていたのだと思う。
 初めてのピアノの先生として智恵先生とめぐり会えたことを本当に感謝している。
(大阪府高槻市 S.M.)

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ちえ先生と出会って14年
 ちえ先生の講座はどれも学ぶ事が多く、指導者ゼミ終了後も、もっと学びたい、もっと変わりたい、もっと楽しいレッスンがしたいという気持ちから途切れることなくずっと講座を受け続け、14年経ちます。
 2年前からは「ピーターラビット ピアノの本」のグループレッスンも受けています。数人のグループで、各自が1巻から順番にレッスンをして頂き、他の人はそれを聴いているという形で進んで行きます。何度も講座で受けたのに、実際に演奏するとシンプルな曲であるがゆえ、粗が目立ちなかなか思うように弾けませんが、厳しい中にも愛情たっぷりなちえ先生のレッスンに、だんだん惹きこまれて行き、少しずつ何かを掴めてきたようです。
 先日、1巻の終わりの数曲を弾いたのですが、「きょうにさようなら」は夕暮れ時の街並みが思い浮かぶように、「かあさんのこもりうた」はかあさんがやさしく歌っているように弾こうと決め、自分の音をよく聴きながら演奏しました。弾き終わった時に、ちえ先生が「最近きれいな音で弾けるようになりましたね。長い間やってきた自分の弾き方を変えるのは大変だったと思います。きっと、よい先生になれるわよ。」とおっしゃいました。私は嬉しくて涙ぐんでしまい、ふと横を見ると先生も涙ぐんでいらっしゃいました。私がきれいな音で弾けるようになるのをずっと待ち、そして出来るようになったことを一緒に喜んで下さったのです。
 ――本当に「いい先生」とは誰からも愛される先生ではなく、誰をも愛せる先生のこと――私も生徒の演奏を本気で受け止め励まし、その成長を生徒と共に心から喜べる先生になりたいと改めて思いました。
(大阪府茨木市 A.J.)

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「学ぶことは、変わること」
 人の前でピアノを弾くのが苦手な私が、地元の大合唱の伴奏をさせていただく機会に恵まれました。練習のたびに、緊張して思うように弾けず弱気になっている私に、アドバイスをしてくれる人がいました。その言葉がちえ先生の教えと重なりました。
 「自分を飾ろうとするから、よく見せようとするから.........ありのままの姿でいいんだよ。」
 私は「はっ」としました。失敗しないように上手に弾かなければ、という思いが強すぎたのです。次の練習の時、私は「未熟な演奏ですが、精一杯、楽しく弾かせていただきます」という気持ちで参加しました。その日の練習は、自分でもびっくりする程、落ちついて弾けたのです。いつも、ちえ先生が言われていた教えの本当の意味がわかったような気がしました。
 今回の経験で、ありのままの自分を受け入れ、さらにそこから次の扉をあけられる強い心を持ちたいと思いました。
 音楽の持つ力を子ども達に伝えられるように、また、音楽でもっともっと子ども達と繋がれるように、自分磨きに努力していきたいと思います。ちえ先生、今後共、宜しくお願いします。
(京都府綾部市 I.Y.)

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ちえ先生からのおくりもの
 ちえ先生と出会い、私は「生き方を変えたい」と強く思いました。いつも本気で導いてくださる教えの中で、心に留めている事が4つあります。
 1つ目は、"切り替えること"  ── 家事、育児、仕事、勉強、父の介護、子ども関係の役員などでパニックになっている私に、切り替えることが大切だと教えてくださいました。「母になりなさい」「妻になりなさい」「娘になりなさい」「友達になりなさい」「保護者になりなさい」「先生になりなさい」と。涙が止まらない私の心に、ちえ先生の言葉が深く残りました。優先順位を考えて行動することは難しく、なかなかできません。失敗・反省の繰り返しですが・・・・。
 2つ目は、"本気で取り組むこと"  ──  「~してもらえない」と嘆くほど、惜しみない努力をして取り組んだのか?いつも、何か理由や言い訳を探し、逃げ出してしまう弱い心になった時、この言葉を思い出します。常に、本物を求め、本気で取り組まれるちえ先生。ぶれずに貫くこと。燃え尽きるほどの一生懸命な取り組みは、空気を変え、人を変えるのだと教えてくださいました。
 3つ目は、"愛をもって導くこと" ── 「母親が栄養価の高いにんじんをすりおろし、ハンバーグに入れるように、自分の子どもと同じように生徒を愛しなさい。」ちえ先生は常に大きな愛を持って導かれます。そして、子どもたちにそれが伝わっています。だから、子どもが裏切らないのだと思います。
 4つ目は、"学ぶことは変わること" ── 自分の間違いに気づき、それを受け止め、改める努力をすることです。これが一番難しいです。間違いだらけの私がいます。前へ進みたい私もいます。弱い私もいます。 私の弱さも、醜さも全てわかってくださりながら導いてくださるちえ先生に心から感謝します。ゼミで、レッスンで、通信で、常に発信してくださる教えを受け止め、前へ進める強い心を持つ人になりたいです。ちえ先生、大好きです。
(兵庫県宝塚市 H.Y.)

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音楽を通して生き方を学ぶ
 東京セミナーが始まる少し前、私は、ずっと音楽を細く長く続けていきたいけれど、この先、どう進んでいったらいいのだろうと、いろいろと思い悩んでいました。ムジカノーヴァを購入し、セミナーの欄を見ていたら"ピアノを教える人に"という言葉が目に飛び込んできて、思いきって申し込み、講座の受講を始めたことが、ちえ先生との出会いです。
 ちえ先生の講座を初めて受講した時、音楽を愛する気持ち、子どもへの愛を感じ、すごい先生がいらっしゃるなあと感銘を受けながら、帰省したことを思い出します。ちえ先生から音楽を学びながら、生き方、人として大切なことも幅広く、ひとつひとつ丁寧に教えていただけることを、とても感謝しております。
 ちえ先生から学べること、楽しいです。特に、演奏→呼吸の大切さ、指導→子どもの表情・言葉に"キラッ"と光るものがあり、それを見過ごさないということを学んでから、私自身前向きになれました。ちえ先生から発せられる言葉を聴いたり、文章を読む度に、いろんなふうに気持ちが動き、考える機会を与えていただいています。そして、心の中を豊かにしてくださいます。
 ちえ先生の存在は、とても大きくて、お会いできるとうれしい気持ちと同時に「あっ、ちえ先生」と緊張してしまう自分に気が付くほどですが、ちえ先生がおっしゃった"自分ができることで、人に尽くす"という気持ちを忘れずに、これからも少しずつ学んでいきたいです。
(群馬県太田市 A.H.)

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常にスタンスを崩さず
 2002年10月の「ブルグミュラー25の練習曲」の講座が、智恵先生との出会いでしたが、それ以前に、たまたま拝見しました「シルバーエイジの今からピアニスト」で必然的なご縁をしておりました。初回の講座から情熱的で思いのこもった内容、それでいてチャーミングで温かいお人柄に釘付けでした。智恵先生の生解説を聴いてからの指導は、私自身がワクワクでしたし、「ピーターラビット」の講座後も直ぐ実行しましたのは、生徒と一緒にガッツポーズの写真を本の表紙裏へ貼り「上手に弾く意識より、心で感じたり、想ったりした事を音で表現出来る様になってほしい。」とメッセージを添えたことでした。些細な事ですが、指導以外に大切な事です。壁がやって来た時には原動力として大活躍なのです。智恵先生の講座を聴く度、アイデア・気付きを沢山頂きますが、私なりの結論は...その子の個性を生かし、光らせるのは指導者次第=責任重大!という事です。指導+メンタル的教育もしながら、如何に本気で一人一人と向き合い育てるか?という姿勢を崩すまい!!と誓う毎日です。毎回、智恵先生には指導者としてのブレないスタンスを正して頂き、エネルギーとスイッチを入れて下さいます事に心から感謝申し上げます。この度、原稿を書く機会を頂きましたのも自分自身を振り返り、見つめ直す良い時間でした。遠方での価値ある講座に参加出来ない事が残念ですが、「ハノン120%活用術」の講座が聴きたくてウズウズしております。先生、みなさま、開通しました新幹線に飛び乗って、是非お越し下さいませ。
(福岡県大牟田市 H.C.)

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人が生きて行く力に繋がる音楽
 私の智恵先生との出会いは、NHK「シルバーエイジの今からピアニスト」の放送を拝見したことでした。
その当時、人前でピアノを演奏することに臆病になり音楽からも離れてしまっていた私には、生徒さんにお声かけする智恵先生のお言葉ひとつひとつが今の自分に向けられたかのように胸の奥にしみ込み、テレビの中から抱きしめられているような感覚に陥りました。「ああ私は、こんなにも音楽に支えられていたんだ。私も音楽に向き合っていいんだ」と本当は音楽を欲していた自分を知りました。
 それから改めてピアノを勉強しはじめ、東京セミナーにお伺いさせていただくようになり勉強させていただいております。
 私が智恵先生から教わっていることは、生き方そのものです。
 先生の文章の中に《「音楽は決して自己満足であっては ならない」私の目ざしている音楽とは、人が生きて行く力に繋がるものであり、人の人生を支えるものでなければならないのだ》というお言葉があります。
 確かに私は小さな頃から音楽が好きで、ピアノを弾き1曲を仕上げる過程で自分をみつめ歳を重ねてきたと思って いましたが、「自分とピアノ」までの世界であり、周囲はまったく目に入ってない、まさに自己満足だったと気付きました。
 智恵先生のこのお言葉が、今後私のピアノ指導者としての進むべき道を明確にしてくれました。
 レッスンをし、その次のレッスンの時には音で気持ちを 返してくれる愛しい子供達と「生きていく力」となる音楽を一緒に学べるよう、これからも勉強したいと思います。
(栃木県日光市 S.N.)

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ちえ先生の「厳しさ」その奥にあるもの
 私は、友人から手渡されたピアノ指導者ゼミナールの募集案内がきっかけで、ちえ先生と出会いました。いつも何か頼りないレッスンをしていた私に必要な内容ばかり。こんな講座があるなんてすごい!と救いの神にすがりつくように、すぐにムジカ工房に申し込みの電話をしました。定員一杯で一年待って、翌年の「たぬき組」に参加させていただきました。 初回の講座のときの緊張感は忘れられません。先生はとても厳しい態度で、時間厳守や礼儀についてお話され、私達にピアノ教師である前に、きちんとした大人であることを求められました。私は、身の引き締まる思いがすると同時に、なんて魅力的な先生だろうと、ちえ先生にいっぺんに惹き付けられました。そして先生のお話に深く頷きながら、夢中になってノートを取りました。先生は、頭の中のものすごい数の引き出しに整然と収まっている豊富な知識を、惜しげもなく私達に教えて下さいます。私はいつも目の前が開かれるような気持ちになります。しかし、その事以上に私は、教えるということの畏れ多さ、責任の重さについてお話される、その厳しさにいつも感動しています。
 ちえ先生の、生きているもの全てに対する温かいまなざしや、感性の鋭さやしなやかさに触れると、私も日々を大切に、深く豊かに感じていきたいと思います。生徒と、そんな深い所で繋がれる、感動を分かち合えるレッスンをしたいと思います。
(大阪府枚方市 N.Y.)

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子どもたちを大切に思う気持ちを教えていただいた
 智恵先生の高槻のセミナーに参加させていただいてから、三年という月日が流れました。現在は、二ヶ月に一度の和歌山セミナーで、智恵先生にお会いできるのを心待ちにしています。  智恵先生にお会いし、私の中で何かが変わりました。 一つは、生徒に対する、心情的な関わり方だと思います。「この子は、~な子」と決めつけないで、成長を信じて待つという事、何より子供達を大切に思う気持ちが深まりました。大切なよそのお子さんの成長の一過程に参加し関わらせていただくという事の重みを感じています。  近所の子供たちにピアノを教え始めて、今年で20年になります。 発表会に対する姿勢が変わりました。 教える側がきちんとした目的を持ちつつ、子供たちを主体とした、コンサートになる様に心掛けています。去年は、四期に分けた時代別コンサートをさせていただきました。自分たちで調べた事を発表する活動の中で、お互いに出来る事と出来ない事を認め合い、自然な流れの中で役割分担ができ、一人一人が、過程を楽しみながら能動的な活動を見せてくれました。子供達の新たな一面を発見する事が出来、とても嬉しく思いました。  智恵先生の「音楽教育の目的は感性を養うことである」という理念が私の原動力となっています。普段のレッスンを通じて、また発表会を通じて、子供達、保護者の方がたに伝わる様に努力したいと思います。 これからも、もっともっと沢山の事を智恵先生から学びたいと願っています。
(和歌山県海南市 N.F.)

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シンプルに!!
 私がちえ先生から学んでいることは「生きる」ということ。与えられた環境で自分らしくあること、自分らしく生きるということだ。
 ちえ先生と私は、10年程前に大学の授業で出会ってしまった!音楽と教育に対する熱くピュアな思いに、当時の私は圧倒され ショックを受けると同時に自分の中のピュアな部分が共鳴しているのを感じた。そして、ぽか~んとしている私たち学生へ 一番初めに問いかけられた「あなたにとって、音楽とは何ですか?」は、今も私の中に「生き方への問い」として存在し、 まなざしを感じている。
 さて、先日、ちえ先生のご自宅の台所から──「さとこちゃん、みてみて!」みると、手には「さとこちゃん」という名の こんにゃく。「えへへ」「うふふ」。本当にチャーミングだ。もっと畏れず言うと、先生は希望をもって未来へ行動する、しなやかに変化していける、自分のコアがある人だと思う。私の理想の大人だ。
 いま改めて、ちえ先生との出会いに感謝するとき、心に音楽を感じれば、いつでもどこでもどんなことがあっても、自分らしく生きていく自信と勇気が湧いてくる。こわがらずに、やりたいこと、やるべきことをする!そんなシンプルなことに気付かされました。ちえ先生、ありがとうございます。
(大阪府茨木市 K.S.)

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ちえ先生から学んだ2つのこと
 ある日のゼミでピアノを弾き終わった私に「そんなに緊張して弾いたら、聞いている人まで緊張してしまうわよ!」
 (ハッ)としたその瞬間に感じたのは、今のこの演奏の状態と心情がこんなにもダイレクトに伝わって いったのだという事でした。
今まで、聞き手の立場ではおぼろげに感じていた事が、ちえ先生にそう言って頂いたおかげで私の中に 確固たる信念が生まれました。

 そうか! 音楽は人と人の心をつなぐ 
 そして、 人は心と心でつなぎ合えるんだ

 ちえ先生に出会えるまでの月日
 ちえ先生の言葉の重みを理解できるようになるまでの月日

 その月日と時間は私にとって修業の時だったように思います。
 子供たちにピアノを教えながら、「この子供が今こうして私と向き合い、音楽していることが楽しみであり、 また今を生きていくうえでの自信につながりますように」と祈らずにはいられません。
 いつも熱っぽく語られるちえ先生の言葉「音楽の力」は本当に共感出来ることで、目には見えない けれども素晴らしくかけがえのないものだと思っています。これらを伝えるお手伝いとして、子供と その家族とが一緒になって音楽を楽しむファミリーアンサンブルを年一回行なっています。それは、 私の楽しみでもあり、それぞれの家族にあった曲を編曲していく私の苦しみでもあります。
(大阪府東大阪市 T.S.)

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何かちがう... 何がちがうのか?
 「何かちがう...。」そう思ったのが、きっかけでした。
 大学を卒業して、音楽教室でピアノ講師としてスタートした私は、周りの先生に合わせる (ついていく)ことに必死でレッスンをしていました。当然、数年後に行き詰まりました。
そんな時、音楽雑誌で智恵先生の『指導者ゼミナール』の存在を知りました。それまでに、 雑誌で何度も智恵先生の文章を目にしていました。様々な特集が組まれ、様々な先生方が文章を 掲載されていらっしゃる中、いつも、智恵先生のものだけ、「何かちがう...。」と私の心に残っていました。 不勉強で、その違いがわからないまま、思い切ってゼミを受講した私に、「あなたが求めているからよ。」 と智恵先生は、笑顔で迎えて下さいました。それが、智恵先生との出会いです。
 智恵先生のゼミでは、いわゆるハウツーではなく、指導者として、人として、誠実に丁寧に取り組む姿勢を 教わりました。と同時に、自分の指導者としての音楽に対する甘さも気付かせていただきました。これまでに 幾度となく、厳しくアドヴァイスを頂き、温かく見守って下さっています。
 これからも、「何かちがう」ことを自分の原点に置いて、先生から学ばせていただきたいと思います。
 智恵先生、これからも、どうぞよろしくお願いします!
(広島市 M.K.)

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25年前の出会い、今もあふれる情熱
 25年前、私が所属していたある楽器店の要望で、あるピアノの先生のお話があるので聞いてくださいと言われ参加しました。その先生は「子どもの眼の高さで歌おう」の本をだされ、思いを語られそのお話に引き込まれていきました。北村智恵先生との出会いです。私はその頃、先生と同じように10年くらいピアノを教えていて、情熱が薄れやめたくなっていた頃でした。ピアノ教師であることに行き詰っていたのです。「この本に書かれている内容は決して特別なことではありません。子どもたちと共にさりげなく過ごしてきた10年間の日記から拾いあげた、音楽教育に関する私の一つの思いです。」その一つの思い?なんだろうと思い早速買って一気によみました。真剣に子どもたちをみくびることなく愛情あふれる内容で、私の10年のピアノ教師として、プロ意識のなさにとてもはずかしく思いました。それからは、智恵先生の講座には、できるだけ欠かさず自分から進んで参加し、母も神経痛を患っていましたが、まだ元気な頃は先生の企画される暖かいコンサートに一緒に行ってました。だから母も智恵先生のことがとても好きです。その母も6年前に脳梗塞でたおれ、父の介護、母の介護とで、先生の講座をご無沙汰していました。でも、「ピーターラビットピアノの本」の講座の案内をみて、この講座に行かないと絶対後悔すると言う気持ちがふつふつと湧いてきて、母のことがありましたが、申込みました。久しぶりに先生のお顔を見、あの「子どもの眼の高さで歌おう」の時からの音楽教育の一つの思いを持ち続けられているお姿に涙がでました。それから3月27日京都でのピーターラビットピアノコンサートは、夜であること、2時間あまりかかること、母のこと、残念だけれど行けないなーと思っていました。でも、指導者の会の方たちの情熱に心うたれ、行動してみたら、家族の協力を得てコンサートに行くこともでき、また、私はとてもチケットを買ってもらうのが苦手で、なるべく避ける方だったのですが、大津に住んでいて子どもさんがピアノをならっていることを思い出し、手紙とちらしを送ってみました。筆無精のわたしが、智恵先生のことやピーターラビットの教本のことを一気に書けたことに自分ながらびっくりしました。またチラシやチケットを改めて見ると、このチラシやチケットにまで思いがこめられていることに気付き、チラシを折らないでA4の封筒で送りました。その友人からは受け取ってすぐに子どもと行きますと連絡が入り、とてもうれしかったです。当日初めて子どもさんとも会い、今は子どもさんからお手紙をもらったりメールが入ります。本当にピーターマジックですね。「ピーターラビット ピアノの本」は誰でも聴いている人の心に伝える演奏ができることを信じて妥協しないという強い気持ちでつくられた本当に重みのある教本だと思います。先生に25年前に出会い、レッスン以外のことでも、精神的に行き詰った時、先生の講座に参加し、愛情と情熱あふれる先生のパワーをいただいています。今も我が家にピアノレッスンに通ってきてくれて続けられているのは先生のおかげです。北村智恵先生ありがとうございます。
(大阪府大阪市 K.O.)

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仲間がいると思える それが「ちえの輪倶楽部」
 私にとって、智恵先生はとても怖ーい存在なんです。でも「怖い=尊敬する」ということで、皆さんよくご存知のとおり智恵先生はとても暖かい優しい方ですし、私自身きつく叱られたという経験もありません。でもなぜか智恵先生の前に出ると、緊張してしまうのです。「ちゃんと私がいつも言っているようにやってくれていますか?」って、何もおっしゃらないうちから目がそう語りかけているような...。でも先生としばらくお会いできないと、とてもさみしく、都合で出席できない講座があると、なんか損をしたような気持ちになってしまいます。
 智恵先生に出会って、もう17年が過ぎようとしているのに、講座等で先生のお話をうかがった後はいつも反省ばかり、いつまでも自立できない生徒ですが、これからも智恵先生のもとで学んでいきたいと思っています。そして、先生の教えに共感し、一緒に歩んでいこうという人たちで「ちえの輪倶楽部」ができ、「ピーターラビット ピアノの本」が出版され、今回その指導者の会も発足し、今また何か新しいことが始まるとてもわくわくした気持ちでいっぱいです。一人ではなかなかできないことが、同じ思いの仲間がまわりにいるということはとても心強いです。17年前上の子の幼稚園入園を機に、思い切って2年間の指導者ゼミ「きりん組」に参加して本当に良かった!智恵先生に出会うことができて本当に良かった!
(大阪府茨木市 M.N.)

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音楽のお母さん
 ピアノを指導して頂いている先生より、以前から"ちえ先生の指導者講座"の受講をすすめられていた。決心する時が来て、単発の講座とは違う気持ちで訪れたサロンには、ちえ先生と共に、にこやかに私達を迎え入れて下さるご主人の笑顔があった。
 始まった講座は、持病でおつらいにもかかわらず、大変にエネルギッシュで説得力のあるもので、もう最初の日から「うんうん、そうそう」と頷けるお話の連続で、価値観が同じだったことに安堵し、「これで間違ってなかったんだぁ」と安心感を得る。
 しかしそれからが、である。ちえ先生のピアノ指導の引き出しはいっぱいいっぱいあって、次々に工夫の効いた新しいアイデアが飛び出す。自分のレッスンに、もっともっと工夫が必要だったことを思い知らされる。それに大変な博学で、原稿を見ながらでもないのに、奥の深い音楽情報をどんどん教えて下さる。えらい先生にありがちな傲慢さも冷たさもないちえ先生は、まるで私たちの肩を支え、背中を押して下さるかのようだ。講座から帰る時には、なんだかすごく物知りになったような気分。個人的な指導上の相談にも親身になって答えて下さる先生の姿に、「私達の音楽のお母さんがここにいるんだなぁ」と感じた。
 先生のまっすぐな音楽への姿勢は、私にとって大きな安心であり、尚かつ「さぼっていては駄目よ」と背中を押して下さる音楽のお母さんである。
 勉強というのはここで終わりというものがない。一生勉強。勉強を続けて行けることは幸せなことだと思う。これからも宜しくお願いします! そして願わずにいられないのが、ちえ先生の健康状態が少しでも良くなりますように!ということです。
(兵庫県神戸市 N.N.)

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ちえ先生の笑顔
 先生のお宅の扉を開けると、先生とご主人が、少し怯えた表情をした犬のタヌーク(私にも慣れてね)と共に、温かく迎えて下さいます。それは、どこか懐かしい香りがするのです。私が幼い頃、夜遅くなると駅まで迎えに来てくれた、父と母の記憶が甦ります。先生の満面の笑みは、若くして他界した母の姿を思い出させてくれます。
 先生の講座に通うようになって、四年目になります。先生は、子どもの目線に立って考えておられ、私に音楽教育において大切なことを気づかせてくれます。中でも、"子どもを見くびってはならない"という言葉は、私に衝撃を与えました。私の教え子(小3)は、まだまだ未熟ですが、ピアノが大好きで、時折、こちらが驚くような綺麗な音色を奏でたりします。彼女の演奏は、音楽が好きだという思いが湧き出ているのです。そんな時、先生の言葉を思い出し、子どもを尊ぶ心を持って向き合わなければと思うのです。
 また、先生は演奏者の立場だけでなく、作曲家の気持ちをも深く理解されておられます。講座、『ショパンへの道』では、当時の手紙を分析することで、ショパンの作曲に対する思いを、勉強不足の私でもわかりやすく、説明して下さいました。時代を越えて、ショパンの心を捉えることができるということに、感銘を受けました。音楽は人の思いがたくさん詰まって紡ぎ出されるものなのだと改めて感じました。
 先生の大きな胸(失礼しました)には、人に対する思いやり、子どもを尊ぶ心、動物を愛し慈しむ心、そんな心がいっぱいいっぱい詰まっておられます。そして、入りきれなくなったやさしさが笑顔となって溢れ出てくるのです。その笑顔に出会いたくて、私は今日も、先生のお宅に向かうバスに乗ります。
(大阪府茨木市 K.K.)

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先生と出会って 気づかずに通り過ぎていたことにも 心が動くようになった
 私は音大で全く教えるための訓練もせず、卒業と同時に音楽教室へ就職し先生になりました。何をどう教えればいいのかもわからずひたすら正しい音とリズムを教え込む、というような感じで決められたレッスン時間が過ぎ、どうしてできないんだろう、どうすれば弾けるようになるんだろうと思う日々でした。数年経ち、レッスンをすることに少しは慣れてきたものの、同じ事のくり返しばかりで、本当にこれで良いのかわからず、自信が持てませんでした。
 そんな時、東京で智恵先生の「ピアノを教える人に」のセミナーを受けるようになり、先生の幅広い知識や考え方に圧倒され惹き付けられました。そして、いかに自分は薄っぺらい人間なのかと感じずにはいられませんでした。それは2年前のセミナー当初より回を重ねた今の方が、深く感じています。レッスンがうまくできるようになった訳ではありませんが、教え方や進め方等で色々悩んでいる自分のことも、受け入れられるようになってきました。音楽だけでなく、礼儀やマナー、人間としてどうあるべきかを考える事も教えて頂いていると思います。もし智恵先生と出会っていなかったら、気付かず通り過ぎ、何も感じなかったかもしれません。
 智恵先生と出会えたことに感謝し、これからも先生のお話を聞き逃さぬよう、セミナーに通い続けたいと思います。
(埼玉県川口市 T.R.)

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子どもの目線に立って考えられた指導法との出会い
 レッスンをしてみて初めて、ピアノ指導の難しさを知りました。年齢が低い程、扱い方が解らず、いつも何かが欠けていると感じながら手さぐりでレッスンを続けていました。このままではいけない、何かヒントが欲しい、自分に力をつけたいと思い、色々なセミナーや、検定試験を受けていました。そんなある日、検定に必要なセミナーを東京で受けることになり、そこで初めて智恵先生のお話を聞いたのです。その内容は、楽譜の紹介や分析、テクニックの付け方などではなく、本当に子どもの目線に立って考えられた智恵先生独自の指導法でありました。手の形や年齢、能力など個性を見抜き、理解できる言葉で具体的に指導する。当然のことですが、私には気付かなかったことがたくさんありました。
 「わかる?」いつも何気なく訊いていた言葉が、どんなに子どもたちを不安に追いつめていたことでしょう。その上、返事がないと、解ったものと決めつけ、とにかく先へ進もうとしていた。何がわからないのかがわからないのに、それを見ようとしなかった私。個々を思い尊重し、互いに解かる言葉で話し、共に学ぶという大切な課程を飛ばしていたのです。セミナーの最後には涙を流しながら、子どもを見くびってはいけないと切々と熱くお話してくださる先生のお姿を見て、音楽を指導することの厳しさと、人に対する先生の愛情の深さを感じ、是非この先生に教わりたいと強く思ったのです。その出会いから約7年。今も先生からは、たくさんのことを教えていただいています。あの時、自分の甘さ、不勉強、不用意だったことを恥じて反省したことは、今でも忘れません。先生に出会い、ピアノ指導をすることで、私は学ぶ楽しさを知りました。ピアノ指導者というだけでなく、人として尊敬する智恵先生に毎月お会いできることを幸せに思います。その先生の背中を見ながら、少しずつでも前に進んでいけたらと思います。
(京都府長岡京市 U.A.)

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沖縄でも広がる ちえ先生の輪
 私がちえ先生に初めてお会いしたのは、20年前の大学生の時でした。恩師の宮城先生(ちえ先生の友人)に紹介して頂きました。自分の技術を磨く事ばかりを考えていて、まだピアノを教える事に興味がなかった頃でした。
 それから、卒業・就職・結婚・出産と続き、三人目を生んだ時には、なんと7年も音楽と無縁の生活を送っていました。その間も、ちえ先生は沖縄にいらして、講座を開いていたという事ですが、それさえもわからなかったのです。
 そんな私が重い腰を上げ、レッスンを再開して、しばらく経った頃、宮城先生から一本の電話がありました。「沖縄での、ちえ先生の講座運営を引き継いでくれないか」というお話でした。大きな不安はあったものの、いろんな指導法を学びたいという思いと、二人の親友の協力も得られ、三人のメンバーでの「北村智恵ピアノセミナー・イン沖縄」がスタートしました。
 あれから三年、ちえ先生の人柄に魅かれ、情熱にうたれ、共感した方々が増え、二月に行われた、バッハインヴェンションの連続講座では、52名の方の参加があり、沖縄でも確実にちえ先生の輪が広がっているのを実感致しました。
 これまでに9回の講座を開いて頂きましたが、講座が終わる度に私はいろんな事を考えさせられます。それは、ピアノを教える事だけだなく、世の中の事、子育ての事、生き方、人のあるべき姿‥‥等々。
 そして思うのです「自分が変わらねば‥」と。
(沖縄県那覇市 K.I.)

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美しい音を模索して一瞬一瞬を真剣に、誠実に生きる
 「出てきた音がいかに美しいかが問題です。足や肘で弾いたってその曲にふさわしい音が出ていれば良い」と先生はおっしゃいます。
 私は「左手指欠損」という障害をもっています。高校卒業時にいったんやめたピアノでしたが、昨年から北村先生の個人レッスンを受けるようになりました。結婚し子育てしながらのピアノ再開です。
 先生は「左手の奏法を増やせば、もっと弾ける曲の幅が広がる」と言って下さいます。そうおっしゃって頂いて、今まで左手から出る音はこんなものだと、どこか妥協していたことに気がつきました。
 ハノンでは、手の条件を最大限に生かしたあらゆる方法を試しています。豊富な経験に基づいた先生のご指導とその発想は実に柔軟です。使い方を工夫することで自分の左手はこんなにも様々な音色を出せたのかと、毎回のレッスンが発見と驚きの連続です。
 課題曲は一曲を数々のパターンで弾きます。例えば、1.右手で左手のパートを補い両手で弾く。2.右手のみで。3.左右交差してなど。その中から弾きやすさに加えて、曲の全体を見渡し、何を重視するかで最終的な指使いを決めます。
 左手では限られた音しか弾けないので、幼い頃は自分の演奏に物足りなさと劣等感を感じていました。人と比較して落ち込み、なんとか皆と同じようにできる様にと片意地を張って頑張ってきました。
 先生と出会って、肩の力を抜くこと、自分のできる事、出来ない事を知ること、何より一瞬一瞬を真剣に誠実に生きることを学んだ気がします。それは言葉だけでなく先生の生き方から。生きる姿勢が全て音に出ることを知りました。まだまだ至らない点ばかりですが、毎日の生活の中で美しく生きること、美しい音を創ることを模索していきたいと思っています。
(大阪府豊中市 Y.K.)

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一緒に勉強しませんか?
 「意欲のあるピアノの先生、一緒に勉強しませんか?良かったらお電話下さい」と電話番号だけホワイトボードに書いて、京都でのある講座を終えられました。セミナーをされるような偉い先生が、経験も浅い未熟者の私と、同じ目の高さで誘って下さったその言葉はとても新鮮で、心に響きました。すぐに電話をしてきりん組に入会させて頂きました。これが、智恵先生との初めての出会いです。
 それからは、月に1度の講座がとても楽しみで、それまでは、自分の習ってきた経験と勘に多くを頼ったレッスンをしていた私にとっては目を見張るばかり。毎回、多くの知識やレッスンの実践、そして技術を学びました。
 それから、早14年。当時小学生だった息子たちも20才を超え、自分自身を見つめる余裕ができた今になって思うことは、智恵先生から学んできたのは、レッスンの技術だけではなかったということ。
 先生の音楽や教育に対する考え方、そして、いつも前向きな生き方を見つめながら、自分自身の生き方を考える場として通わせて頂いていることに気がついたのです。そして、生徒に対しては教えこむのではなく、共に歩む姿勢、共に学び、共に成長しあう関係で居続けること。私は、大好きなピアノを通して人と関わっているだけ。そういう人間として、根本的なことに気づかせて下さったのです。智恵先生との出会いは私にとって素晴らしいめぐり合わせだったと感じています。
(京都府向日市 N.K.)

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自分の心と向き合う勇気
 指導者ゼミのかめ組に始まり、ちえ先生の下で学ぶようになり丸8年が経った。ちえ先生はいつも「学ぶことは変わること、変わらなければ学んだことにはならない」と言い続けて来られた。私は自分なりに長い間一生懸命練習し勉強をしてきた。しかし、それは一生懸命している"つもり"であって中身は伴っていなかった。自分を取り巻く生活環境に気を取られて、頭では変わらなければいけないと分かっていても、心底から何も変わってはいなかった。ちえ先生は全てその姿を見抜いていらっしゃった。なぜならば、その人の弾く音を聴けばどんな生き方をしているのかが分かってしまうからなのだ。いつまでも甘く、変わることの出来ない私を先生は本当に厳しく叱った。その時私の中で、今までの甘い自分から脱出し前を向くのだという強い気持ちをはっきりと感じた。そして、心の扉は自分自身にしか開けられないように、自分を変える術(すべ)は自分の心の中にしかないのだということを確信した。ちえ先生はどんな時もどんなことがあっても変わらず誠心誠意、私達を指導して下さる。一つのゼミに先生がどれ程の心血と時間を注いでいらっしゃるかを知れば、ただ椅子に座っていることなど決して出来ない。そして、丁寧な生き方なしに丁寧な音など出すことは出来ないのだということも学んだ。ちえ先生の生きる姿勢は私のお手本だ。音楽教育という仕事にちえ先生は命を懸けているとおっしゃったように、私も指導者の仕事に生涯を捧げたいと、決心した。
(兵庫県三田市 B.N.)

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この出会いを大切に・・・
 私の智恵先生との出会いは、衝撃的なものでした。昨年の4月頃、楽器店で楽譜を探していると、1冊の本が目にとまりました。「ショパンへの道」初めてショパンを弾く生徒のために熟考された素晴らしい楽譜でした。そして次に目にとまったのが「ピーターラビットピアノの本」なんて可愛らしい楽譜、しかもとても充実した内容。
 子供達が自分の言葉(音楽)で生き生きと表現する姿が目に浮かびワクワクしました。いい本が見つかったと大満足の私、ふと誰の本だろうと気になり見ると両方同じ作者「北村智恵」この偶然に驚き、どんな方なのかもっと知りたいと強く思い、楽譜の後ろに記載されていた主な著書を全て取り寄せました。帰り道、「レッスンの友」を読んでいたらまたまた見つけました。「ちえの輪倶楽部」これだと思い早速お電話してみました。電話口に出られたのは何と智恵先生ご本人でした。実はこの日は『リトルピアニストのつどい』の次の日で、きっと先生はお疲れだったことと思いますが、そんな中でも初めてお電話した私にこの倶楽部について説明して下さり、後日過去の通信等を送って下さいました。それ以来様々な講座に参加し、勉強させて頂いていますが、このような出会いができたことを本当に幸せに感じています。
 ピアノ講師というのは孤立しがちで、ともすると今までやってきた事だけに頼りがちです。それでもいつも「先生」と呼ばれる立場に居る・・・それはとても怖い事だと思います。この出会いを大切にして、もっと自分自身を磨いて、一緒に学ばれている方々とも情報交換をしながらいいレッスンをしていけるよう努力を重ねていきたいと思っています。
(東京都世田谷区 N.A.)

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本気で怒り、喜び、悲しんで泣く人
 私は、夫と4歳の長男、9ヶ月の長女の4人暮らし。来年の9月までの予定を含め、結婚以来、実に5回の引っ越し、家にはピアノも置けず、日々子育てに追われている。しかし、今の自分は幸福だと思うし、そう思えることが何より有難くてならない。
 高校卒業から10年ほど、私は本当にピアノで思い悩んだ。あげく大学院まで進学させてもらい、ラジオで作曲の真似事もした。やれることは何でも試してみたが、今の自分ではとても人にピアノなど教えられないと思った。智恵先生に出会ったのは、そんな頃だった。
 智恵先生は、物事に対して本気で怒り、喜び、悲しんで泣く人だった。本物の知性が健全な精神を支えている様を見た。大変なショックを受けた。セミナーを受けるたび、音楽が素晴らしいものであることに間違いはないんだ、というような当たり前だが私にとってはそうでなかったことに確信が持てるようになり、そのことがきっかけで、人を信じてよいのだ、明るい方へ向かって歩いて行けばよいのだ、という生きる喜びで胸が一杯になれる、そんな自分へと変わることができたように思う。
 「後から来る人の為に靴は奥から揃えて置きなさい。」「たとえ30分のレッスンでも音楽以外のことで使ってはなりません。」「自分の演奏(行い)には最後の1音(1休符)まで責任を持ちなさい。」「心をこめて子育てをしなさい。」等々、あれから4年以上たった今も、私を支えてくれる智恵先生の言葉に感謝。
(大阪府堺市 S.M.)

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出会いの輪が広がった

 私は音楽大学を卒業後、福岡県大牟田市の実家に戻りピアノを教え始めましたが、日々悩みながらのレッスンでした。音楽だけではなく、教育者としてのあり方など、どうやっていけば良いのか分からないまま、自分なりのレッスンを続けていました。
 そのような中、既に智恵先生の講座に通っていた広島県在住の大学時代の友人が「すばらしい先生がいるよ」と教えてくれたのが、智恵先生を知るきっかけとなりました。それから先生の著書や楽譜を読みましたが、何を読んでも目からウロコの事ばかり。プロのピアノ教師としての考えは想像以上でした。
 そしてぜひ先生のお話を直に聞いてみたいと思い、高槻で開かれた智恵先生のショパンレクチャーコンサートにも足を運びました。そこでは全国からたくさんのピアノの指導者の方が集まっておられ、広島の友人を通してほかの受講者の方ともお話させていただくことができ、大変いい刺激を受けました。
 さて、一昨年、担当していたとても熱心な大人の生徒の方が急に栃木県へ引っ越されることになり、新しい土地でもピアノのレッスンを続けたいと希望されていました。私としても信頼のおける先生にお願いしたいと思っていたので、思い切ってショパンレクチャーコンサートで知り合いになった埼玉県の先生にお話ししてみました。すると快く引き受けてくださることになり、今日でも熱心に通われているそうです。そして、ついにちえの輪倶楽部にも入会されたとのことでした!また、時々発表会などの近況を報告していただくと、楽しくピアノを続けていらっしゃるように思われ、良い先生にお願いできたこと、本当に良かったと思っています。
 自分の身近で、このような輪が広がったことをとてもうれしく思います。これからも、このちえの輪倶楽部のもと、もっともっと出会いの輪が広がっていけばいいなと思っています。
(福岡県大牟田市 H.A.)



 丁度2年前、主人の転勤で約3年半過ごした福岡県大牟田市から、地元の栃木県へ戻ることが決まりました。地元に戻ると言うことで、不安は全くなかったのですが、一つだけ心配だったのは、栃木でのピアノの先生探し。当時大牟田市でレッスンを受けていた先生に「熱心にそして楽しく指導してくださったH先生と同じ考えを持った先生に出会えるかしら」と相談したところ「ちえの輪倶楽部の会員で熱心な先生が埼玉県にいらっしゃるわ!」と紹介してくださったのが縁で、現在通っている先生と出会うことが出来ました。引越し早々先生探しに奔走することなく安心してレッスンを再開することが出来た事、そして人と人とのつながりや出会いにどれほど感謝したことでしょう。
 その後、先生の薦めで智恵先生の執筆された本や雑誌をむさぼるように読み、毎月埼玉から大阪のゼミに参加している先生からお話を伺っているうちにすっかり智恵先生のファンになってしまい、早速ちえの輪倶楽部に入会しました。
 4月から、小学一年生になった息子も埼玉でレッスンを受けています。ピーターラビットの教本を使ってのレッスンに息子もわくわくしながら毎週楽しみにしているようです。そして着実に「音楽」することが好きになっているようです。
 先日待ちに待った東京での智恵先生の指導者ゼミに参加しました。音楽やピアノを専門的に学んだことがない私についていけるだろうかと不安でしたが、とても分かりやすい言葉で、子どもや音楽に対しての思いを熱く語ってくださいました。感動と同時に「いったい私は自分の子どもに対して、これ程愛情を注いでいるだろうか、そしてその子らしさを育てているだろうか」と、自分を見つめ直す良い機会を与えていただき、とても充実した時を過ごすことが出来ました。次回のゼミも楽しみにしています。それまで音楽を通して自分磨きをしておこうと思っています。
(栃木県下妻市 S.Y.)



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こうありたい
 自分の指導に行き詰まりを感じ、先生の講座に通うことにしました。2年間の講座は「学ぶことは変わること」という印象的な言葉から始まりました。回を重ねるうち、自分の考え方があまりに浅いことに気づき、先生のおっしゃるようには指導することもできず、このままでは変われないし、いい加減にこの仕事は続けられないと思うようになりました。
 一方で2時間の講座が終わると、先生の考え方やお人柄に惹かれて、熱くなっている自分がいるのです。
 次第に音楽の楽しさに改めて気づき、ピアノを教える仕事の意義、おもしろさ、難しさを感じられるようになりました。こうして講座は修了。本来の目的だったレッスンの仕方に大きな変化は得られなかったのかもしれないけれど、私の気持ちは変わりました。これからも学ぶことはたくさんあるし、レッスンについて研究の日々ですが、どんな形でも音楽と関わっていきたいと強く思っています。先生に心から感謝しています。
(滋賀県神崎郡 T.A.)

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2回のつもりが7年間に
 私と智恵先生との出会いは、7年前の「ピアノを教える人に」という公開講座でした。教材が「バーナムピアノ教本」で、わたし自身が子どもたちの指導に使っていて興味があり、また日程が2回だったので淡路島からでも参加できるかなと思い申し込みました。
 私は、音楽やピアノを専門的に学んだことがなく、このような講座に参加するのも初めてだったので、少し不安な気持ちで席についていました。 そんな私に智恵先生は、
 「遠くから来てくださいましたね。どのようにしてこの講座を知られたんですか。」と温かく話しかけてきてくださいました。
 このようなことがきっかけで、それ以来7年間、セミナーを受講しています。
 講座の中で先生は、無学な私にもわかるような言葉で丁寧に教えてくださいます。また、レッスンでの生徒さんとのできごとを、時には涙をうかべながら話してくださいます。
 そんなだれに対しても優しく、音楽や人に対してとても誠実で、毎回真剣にご指導してくださる先生の講座は、充実感、満足感でいっぱいです。そして、またがんばろうという気持ちになって3時間の道のりを帰っています。これからも、智恵先生にご指導いただきながら、私が智恵先生のセミナーを受けた後のように、生徒がレッスンに来てよかった、と思って帰れるようなピアノ教室にしていきたいと思っています。これからも、よろしくお願いいたします。
(兵庫県津名郡 M.M.)

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心に残る先生の言葉
 広島に来て早3年になります。
 ちょうど「ちえの輪倶楽部」が発足した頃でしょうか、遠く離れてしまったのでどうしようかしらと迷っていた時(遠方から通われる方もいらっしゃるというのにお恥ずかしい限りです)ふと智恵先生の「私達は出会ってしまったのだから、この出会いを大切にしましょう」という言葉を思い出し、入会いたしました。
 先生は大人であれ子供であれ、出会いをとても大切にしておられるのだと思い、暖かい気持ちになったものでした。
 今は、以前よりもゆったりとした時間を過ごしています。「時間がある 時にこそ自分を豊かにする良いチャンス」とこれも先生のお言葉。私には今がその時と、新たなことに挑戦したりしています。何かの折に触れ、先生のおっしゃったことが頭にうかび、楽な方へと向かってしまう自分を引き締めております。
 送られてくる会報によって、先生や皆さんの活動が目にみえるようにわかり、同じような悩みを持っておられる事がわかって勇気づけられます。また、いろんな情報をいただけるのは今の私にとってとてもありがたいことです。余談ですが、今年の新年号、少し遅れましたよね。いつもならもう来ているはずなのに、先生体調をくずされているのかしらと心配したりしておりました。これからも会報を楽しみにしております。
(広島県賀茂郡黒瀬町 K.M.)

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一冊の本とのであい
 十年近く前、私は、自分自身の体験から、生徒たちに、先生やCDの物真似でない、その子一人一人の個性を生かした演奏ができるように育てたい、と思い、その指導方法を試行錯誤していた。そんな時、フラッと入った楽器店の書棚に「子どもの眼の高さで歌おう」という本を見つけた。まるでそこだけにスポットライトが当っているかのように目に入ったのである。家へ帰るのも待てず、電車の中で貪るように読んだ。深い感銘を受けた。こんなに一生懸命一人一人の子供やその父母と向き合って教えていらっしゃる先生はいるだろうか。小さいからといって決して見縊らないで、その子にあった教材や曲を選び、方法もそれぞれに違う。私の本当にやりたかった、求めていたことと同じだった。まさしく衝撃的な出会いであった。理想であって、できっこないと決めつけていたことを智恵先生はなさっていたのだ。すぐにでもお会いして教えて戴きたいと思ったが、神様の悪戯か実際にお目にかかるのには時間を要した。
 4・5年経った頃だったであろうか。NHKテレビの人間ドキュメントという番組で 「シルバーエイジの今からピアニスト」 が放映された。年を重ねた方の演奏は、お一人お一人のそれまでの人生が醸し出されていて、胸に熱いものがこみ上げてきた。時を前後して、先生の講座を受ける機会に恵まれた。想像していた以上の意義深いものであった。それ以後、指導者のための月一回の講座に入れていただいたが、指導者というより、私自身、はじめっからやり直したかった。智恵先生の勉強量のすごさにはただ驚き、感服するばかりであると同時に、自分の怠慢に反省しきりであった。そんな中でも少しずつ自分の生徒のレッスンに先生から学んだ事を取り入れていった。
 発表会の事も大変参考になった。「リトルピアニストのつどい」。ステージには、グランドピアノがぽつんと一台。発表会によくあるお花など一切なし。演奏が始まる。一人一人背筋をピーンと伸ばしニコニコしてステージの袖から現れ、ゆったりと正面に向かって 「一生懸命演奏します。どうぞ聴いて下さい。」 と言わんばかりに優雅にお辞儀。演奏はまるで、そのお子さんの日常というか、性格が目に浮かぶように、個性豊で丁寧な音が連なる。花などなくても一曲毎に、ステージに異なる素敵なリトルピアニストの花が咲いていたように思えた。シルバーエイジの、そしてリトルピアニストたちのつどいは、まさに、智恵先生の集大成という思いを強くする。
 いつか先生に伺ったことがある。 「どうしたら、先生のように... 」と。答えて下さったのは、「強くなることね。それは自分の弱さを知ること。そして積み重ねですね。」だった。とても重い言葉だった。口にすることは簡単だが、智恵先生のそれには,緻密な研究、確かな実績、そこから生まれた自信、そして何より、人に対するほんとうの大きな優しさと、深い愛情に裏付けされていると思う。私とあまり年齢が変わらないのにと、いろいろと悩んだり、落ち込んだこともあるが、ピアノを教えること、いえ一緒に学び成長することに、益々魅力を感じること、そして、私なりに一生懸命やってきたことを大切にしつつ、歩んでいけばいいのだと思うようになった。
 今は智恵先生に、そして、先生を通して、同じ思いのお仲間に出会えた事に心から感謝しています。
 智恵先生、皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
(和歌山県橋本市 M.Y.)

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学ぶことは変わること

 セミナー後の拍手喝采、気がつけば私の目からは大粒の涙が ... 。日常に追われて忘れかけていた感動! 感激! 智恵先生の初めてのセミナーは、私を生まれ変わらせるほどに強烈なものでした。
 愛知県に住むようになって間もない頃のこと、知人もいなくて寂しさを紛らわせるには、ただピアノを弾く毎日でした。そんな折、なにげなく出かけたセミナーで、智恵先生のお話を伺い、そのお人柄に心酔し、ピアノ教師としての私は大きく変わりました。それまでは、持てる技術を出し切ればよいと思っていました。『ちえの輪』の基本的な考えである「理論と技術の確かさ、音楽性の高さ、人間の深さ豊かさ、等、どれ一つ欠けても、本当の《音楽教育》はありえない」という根源を教えていただきました。それ以来、「音楽は楽しいもの・心を和ませ励ましてくれるもの」年齢や性別に関係なくその素晴らしさを伝えたい、そして、これから社会を担っていく子供達に受けついで欲しい、そういう風に、ピアノを通じて、ともに楽しむことが、私の夢になりました。
 昨年まで通った「ピアノ指導者ゼミナール」のカンガルー組で出会った方からもいろいろな刺激を受けましたが、智恵先生からは毎回元気や勇気・感動をいただきました。多くの方とこの素晴らしさを分かち合いたくて、いろんな方をお誘いしていますが、新たに参加された方も、第1回目から感激されています。関西へ行けない方のために、先生を愛知県にお招きし、いろいろなジャンルの方々にも来ていただきたいと考えております。私達が日頃当たり前のように思っていることを、智恵先生がさりげなく語られる中に、今一度立ち止まって考えさせてくださる言葉がいっぱい詰まっています。
 現在、私は幼児からシルバーエイジの方々と音楽を楽しんでおります。どんな時でも私は智恵先生からいただいた言葉「学ぶ事は変わる事」を大切にし、また新しい生徒と出会う度に心の中で唱えるようにしています。私はいつも「謙虚で前向き」な人間でいたいと思っています。それを教えてくださったのはいうまでもなく智恵先生です。これからも先生から沢山の元気や勇気をいただきたいです。本当に智恵先生には感謝しております。これからもよろしくお願いいたします。
(愛知県大府市 M.Y.)



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