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「ちえの輪倶楽部」は、音楽教育家・北村智恵を中心とした、ピアノ指導者サークルです。
音楽セミナーやイベント、コンサートを企画・運営、またピアノ指導者のネットワークづくりを行っています。

会員レポート


奈良勉強会主催「ピーターラビットピアノの本の世界」

2014年2月23日

やったからこそわかったこと

 「ピーターラビット ピアノの本」2・3巻の全曲を、奈良勉強会のメンバー5名と、ちえの輪会員の有志2名で演奏するコンサートを行った。当日は、ちえの輪会員も含め、生徒とその保護者を中心に100名もの方が聴いて下さり、感無量だった。
 一ピアノの先生が、教えている教材を演奏するコンサートを開くことで、生徒たちにこれから弾く曲への憧れを持ってもらうこと、保護者の方々には指導者が目指している音楽を実感してもらうことができ、予想以上の感触を得ることができたのはとても有意義だった。
 また、演奏することの楽しみも感じることができた。出演者全員が集まりちえ先生のレッスンを受け、それぞれの目指すところや全体の目指すものを教えていただき、数日後の本番の会場でのリハーサルでは、互いに客席で音を聴き合い、いっしょに音楽づくりをした。そして、そのことは、本番のそれぞれの演奏の出来を、誰もが自分のこととして受け止めることへとつながっていった。仲間とやる意味を感じた瞬間だった。
 会場がさわがしかったことや、スタッフの仕事の指示ができなかったことなど、来場者に迷惑がかかることもしてしまい、反省も多々出た。準備の不十分さから起きたことで、音楽に対する意識の甘さが露呈することとなった。
 しかし、どれもやってみてわかったこと。即、明日からのレッスンですべきことが明らかになったと受け止め、またちえの輪倶楽部で生徒のためのコンサートを開きたいと思っている。
(奈良市 M.M.)
  



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シルバーエイジの今からピアニスト「第9回発表会」

2013年11月17日

本当に良い演奏とは
 みなさんの音は今年も美しかった。
 数年前から続けて聴かせていただいているが、そこは裏切られることがない。緊張でカチカチになっても、音を忘れそうになっても、間違えて弾きなおしても、決して「ガチャン!」という耳を覆いたくなるような音は出てこない。フレーズを感じ、最後まで心をこめて丁寧に演奏される。先生が音色にこだわってレッスンされ、みなさんがそれに応えようと日々努力されている様子が目に浮かぶ。
 プログラムが進み、ある方の演奏に耳を奪われた。特に注目して聴いていたわけではないし、よく知られた曲を編曲したものだった。なのに「あ、この曲いいな。うちの大人の生徒に今度、渡してみよう」という思いが、ふとよぎったのだ。弾き始めこそ、少し緊張しておられたが、曲が進むにつれてだんだん柔らかくなり、音楽に没頭されていくのがわかった。そして最後の音が切れるまで、音楽と一体になっておられた。無我の境地、と言ってしまうと大げさだろうか。私にとっては、ひたすらに心地よい時間だった。
 先生が以前、「本当に良い演奏は、弾き手が上手だと感じさせるのではなく、その曲が素敵だなと思わせるものですよ」とおっしゃっていたのは、こういうことだなと、ものすごく納得できた。
 シルバーエイジのみなさんのクラスに加え、今年はアダルトクラスの方たちも初めて出演され、にぎやかな発表会だった。それぞれのグループがとても良いお仲間で、また次回に向けて励まし合いながら練習を積まれることだろう。みなさんのご健康をお祈りしたい。
(京都府木津川市 H.S.)

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ちえの輪倶楽部・和歌山主催「夏休み親子コンサート」

2013年8月19日

「夏休み親子コンサート」を終えて
 夏休みも終わりに近いある日の昼下がり。智恵先生のゆったりとした優しいお話で、コンサートは始まりました。会場は親子連れなどでほぼ満席。一曲一曲、丁寧に説明して下さいました。お話を聞かないで聴くのとは大違い。よーくわかります。よく知っている曲でも新しい発見がたくさん!!
 そして、美しいドレスのピアニストの手が、鍵盤の上を右へ左へと・・・。いつのまにか、子供達もお母さん達も私達ピアノを教える人も皆、ぐんぐん引き込まれていきました。外の暑さや喧噪も忘れ、まるで別世界にいるようでした。騒ぐ子も一人もいません。
 「先生、癒されました。とっても楽しかったです。」「プロのピアニストが演奏すると同じ曲でもあんなに素敵になるんですね。」「オルゴールの音が、お空からお星さまみたいにキラキラ光って降ってきたみたいだったー。」終演後、出口で耳にした感想です。
 日頃から、何とか、生徒達に生のプロの演奏を聴いてほしい、聴かせてあげたいと思っていました。それは、いうまでもありませんが、生の演奏を通して、一人一人がそれぞれの感性で大切なものを受け取るという、何にも代え難い、素晴らしい体験ができると思うからです。でも、色々の事情で、特に地方の子供たちにとってはコンサートに行くことは難しいのが現状です。和歌山のセミナーの時、このお話があり、色々な心配もありましたが、夏休みで、しかもお昼のコンサート。やりましょう!!という事になりました。智恵先生のご指導、事務局の方々の応援を戴き、和歌山でも準備を進めました。チームワークは抜群です。(ちょっと自慢?)
 とても楽しく温かいコンサートで、心からやって良かったと思いました。帰る時の子供達の顔、キラキラ輝いていましたから・・・。こんな楽しいこと高槻や和歌山だけでは勿体ないです。他の地域でも、どうぞなさって下さい。コンサートのマナーも教えて戴けますし、是非、お勧めします。おわりに智恵先生、事務局の皆様、素晴らしい演奏を聴かせて下さったピアニストの方々、ほんとうにありがとうございました。心より感謝申し上げます。
(和歌山県橋本市 M.Y.)

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ちえの輪倶楽部・広島 始動

2013年5月28日

広島セミナースタート!夢が現実に
 何年かかったことでしょう。各地方で智恵先生をお呼びしての勉強会が行われるのを耳にする度、「広島でもできたらなぁ」と羨ましく思い、また、そこで実行に移すだけの勇気のない自分もいました。
 それが昨年、地元広島の楽器店主催で智恵先生の講座が行われることになり、受講しました。その時の受講者で普段から交流のあった先輩が、長年、智恵先生のファン(!?)であったことを知り、思い切って、智恵先生の勉強会をしたいことを相談すると、即、賛成して下さいました。更に智恵先生も快諾してくださったことで、いよいよ広島での勉強会がスタートすることになってしまいました!ドタバタと準備をする中、智恵先生をはじめ、ちえの輪倶楽部の仲間にも助けられ、"はじめの一歩"である3回シリーズの勉強会が、この5、6、7月に行われ、無事終了しました。3回の智恵先生の熱い講座で、受講者は、やっぱり先生に元気をもらい、レッスンや音楽がこれまで以上に楽しくなってきた様子でした。(そして、なんと3回の勉強会には、ちえの輪倶楽部の仲間が遠く、近畿地方から毎回、月替わりで出席してくれていました)
 これから、勉強会を継続していくことで、仲間を増やし、みんなでより良いピアノ指導者になっていきたいと思っています。智恵先生、みなさん、広島の勉強会をどうぞよろしくお願いします!!
(広島市 M.K.)

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ちえの輪セミナー特別企画「親子のためのニューイヤーピアノコンサート」

2013年1月27日

「親と子のための ニューイヤーピアノコンサート」を聴いて

 「こんなコンサートに行ってみたかった!」――ある会員の生徒さんがこんなことを言ったそうです。知っている曲がたくさんあるので、魅力的だったそうです。
 「乙女の祈り」「エリーゼのために」「アラベスク」・・・発表会などでよく耳にする曲ですが、子ども達は曲の背景を理解して演奏しているでしょうか。私のまわりの発表会でも、手が小さいのにオクターヴの曲を弾いたり、技術的に未熟なためにとても遅いテンポで弾いたりして、保護者も指導者も憧れの曲を「弾けること」だけに満足している様子をよく見かけます。 これまでの講座では、このような曲は取り上げられませんでしたが、今回、ちえ先生が、その作曲家や作曲された背景を掘り下げて、レクチャーして下さいました。とても興味深く楽しいコンサートでしたが、聴き慣れているがために、いかに「知ったつもり」で指導していたか、自身を振り返り、反省する機会でもありました。
 そして、演奏曲の解説だけではなく、ピアノを上手に弾くことよりも大切なこと――「ピアノを習えることに感謝しましょう。おうちの人がこのコンサートに連れて来て下さったことに感謝しましょう。」また、リストの「愛の夢 第3番」では、原曲となった歌曲の歌詞を取り上げられ、「人を傷つけることばを使ってはいけません。相手の人がお墓の中に入ってから、傷つけてしまったことを後悔しても、遅いのです。だから、言葉には気をつけましょう。」――と教えて下さいました。
 今回のコンサートは、多くの子どもたちも参加してくれましたが、それぞれにとって、意味のあるものだったと思っています。
(事務局 F.Y.)
 



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第12ちえの輪セミナー「ドビュッシーのエッセンス」

2012年11月20日

新しい音楽はわかりやすい音楽だった
 「ドビュッシーといえは、ジャポニズムということで、今日は"おばあちゃん"の羽織を仕立て直したものを着て来ました。」とおっしゃりながら智恵先生が登場されると、その美しい紫のグラデーションで会場が一気に華やかになり、講座が始まりました。
 前半は、当日配られた略年表を見ながらドビュッシーの生涯が語られ、後半は、「2つのアラベスク」と「子どもの領分」の演奏でした。ジャポニズムは、「ゴリウォーグのケークウォーク」で話題になり、メロディーが陰旋法でできていることを教わり、また、CDで長唄「越後獅子」を聴くと、三味線と太鼓のにぎやかなリズムが、なんと、ゴリウォーグのテーマのリズムとまったく同じでした。これは偶然ではなく、1889年と1900年にパリで行われた万博で日本人によって音楽が演奏されているので、ドビュッシーもきっと日本の音楽を聴いたにちがいない、ということでした。(1900年万博で演奏されたオッペケペー節の貴重な録音も聴かせていただきました。)
 また、中間部にも面白い表現がありました。61~63小節の右手にワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の冒頭のフレーズが引用され、さらにその後のa tempoの装飾音符のついたフレーズは、嘲笑を表しているというのです。ドビュッシーは、若い頃はワーグナー崇拝者でしたが、その後ワーグナーの音楽に見切りをつけて、別の新しい道を歩み始めます。1908年に作曲されたこの曲は、「子どもの領分」として、娘シュシュに捧げられた曲でありながらも、ワーグナーの仰々しく押しつけがましい音楽を古臭いものとして鼻で軽くあしらうという風刺になっているのです。会員の北聖子さんがワーグナーのフレーズを重々しく演奏し、次のフレーズでは先生が隣で「フフン!」と鼻をならすと音楽がそのように聴こえてきて、会場は笑いに包まれ、みんなでドビュッシーの表現を楽しみました。
 ドビュッシーについては難解な印象をもっていましたが、古いルールにしばられずにそのまま音で表現したいという彼の気持ちを理解すると、とてもわかりやすく思える部分が今回はたくさんありました。敬遠せずに、これからは柔軟な頭と心で楽しんでいきたいと思いました。
(事務局 M.M.)

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シルバーエイジの今からピアニスト「第8回発表会」

2012年6月10日

すてきなシルバーエイジ
 NHKの「にんげんドキュメント」を見て「こんな発表会があるんだ!こんな先生がいらっしゃるんだ!」と感動したのが10年以上も前のこと。そして娘が大学で智恵先生の「ピアノ教授法」の講義を受けたことで、「リトルピアニストのつどい」や「シルバーエイジの今からピアニスト」の発表会を聴きに行く機会に恵まれ、ちえの輪倶楽部にも入会させて頂きました。
 「シルバーエイジの今からピアニスト」の発表会を聴きに行ったのは、今回で3回目です。ほとんどの方が古希を過ぎた高齢者ということでしたが、みなさん1音1音を大切に、1曲に思いを込めて、暗譜で演奏されていることに感動しました。まさに智恵先生の「高齢者を見くびらない」というご指導の成果だと感じました。その方の人となりや、それまでの人生が演奏に反映されているのだろうな、と想像しながら楽しませて頂きました。
 また、出演者の雰囲気が似ているな、とも感じました。それは智恵先生に共感し集っておられる方々ですし、グループレッスンならではの良さもあるかと思いますが、みなさんがピアノといい関係で音楽を楽しんでおられる姿が共通しているからだと思いました。
 どんなレッスンを受けて、お家でどのように練習されているのか、ぜひ伺ってみたいところです。幼稚園の小さなホールでの発表会でしたが、出演者のみなさんのいきいきとした表情が印象的で、とても密度の高い、学ぶ所の多い発表会でした。
(滋賀県 M.S.)

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ムジカ工房主催「もうひとつの音楽史」第1回

2012年3月9日

誰もが理解できるように
 2012年3月9日に「もうひとつの音楽史」コンサートシリーズの第1回「日本洋楽事始め~横浜・居留地音楽」が大阪市中央公会堂で行なわれました。
 今回は、日本の西洋音楽受容史研究で主にとりあげられてきた政治や宗教、教育と結びついたものではなく、「純粋に音楽を楽しむ」という西洋文化の存在に注目しています。英国外交官アーネスト・サトウの日記をもとに幕末・明治期に外国人居留地で楽しまれていた音楽が、当時を思い浮かばせるような雰囲気の中で演奏されました。
 私は子供の頃からピアノを智恵先生に習い、大学では音楽学を専攻しました。大学の卒業論文にて近代日本における西洋音楽受容を研究テーマにし、智恵先生に論文指導を受けたことから、今回のコンサートの資料作成に参加させていただくことになりました。
 私はこのコンサートの前提となる、近代日本の西洋音楽受容史についての資料を作成しました。多くの研究者に研究されているとはいえ、一般には明治期にどのように西洋音楽が政治や教育に導入され、利用されてきたかということはあまり知られていません。しかし、近代の西洋音楽受容のあり方は、現在の私たちと西洋音楽との関わり方に影響を与えています。例えば、明治期に来日した音楽教育家L・W・メーソンがピアノ教育に導入した教則本バイエルは、今でもよく知られています。
 今回の資料作成において実際に文章を執筆させていただいたことは、近代日本の西洋音楽受容史について分かりやすく読み手に伝えるためにどのように書くべきか、と考える機会となりました。論文では、テーマが専門的な内容になるだけでなく、文章も専門家を相手にしたようなものになりがちです。しかし、何かを人に伝えたい時には、本来誰もが理解できる言葉づかいで説明しなければならないと今回改めて感じました。
 そして、自分自身の文章を多くの方がたに読んでいただけたことは、今後音楽学の研究者をめざし、実際の演奏や教育現場に生かしていくためにも、とても貴重な経験となりました。
(大阪府高槻市 M.A.)

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ちえの輪セミナー特別企画「ハノン120%活用術」

2012年1月31日、2月21日、3月13日

固定観念を捨てて 新しい方法にチャレンジ
 この数年、出産育児に追われ、セミナーから遠ざかっていましたが、今回「ハノンを通して基本を学びたい!」との思いが強くわいてきて、参加させて頂くようになりました。今まで抱いていたハノンに対するイメージ(=『退屈な指の訓練』)は、全く変わりました。
 まず第1回では、『音を聴く耳を養える教材』であることに目を覚まさせられました。たとえば、左右の音域が離れていては均一な音を出せているのかどうかわかりにくいけれど、同じ音域で、左右交互に入れ替えて弾くことで、より易しく、音を聴き分けられるということや、マルカート・スタッカート・レガートを入れ替えて弾くことで、退屈さがなくなり楽しんで弾けて、聴くにも弾くにも集中力が養われて、一石二鳥以上の効果を得られる、そんなハノンの可能性に驚きと大きな喜びを感じました。そして、同時に、自分の古い固定観念を捨てて、新しい方法を見出していく姿勢を持つことの重要性をかみしめる時間でした。
 第2回では、「(前回に宿題を出されていた手のフォームと指の上げ下ろしでの)弾き方が今までとちがっていた人は?」との先生の問いかけに思わず手を挙げてしまい、冷や汗が出ながら有り難くも実際に先生に文字通り手取り足取り丁寧にご指導頂くことになりました。その際、私の両手指が、少し外向きに反っているのを見られて、無理な弾き方をしてきた結果だと初めて知るようになり、衝撃を受けましたが、実際にその弾き方で楽に良い音を出せることに感動しました。
 第3回では、智恵先生ご自身が子供の頃指導を受けられた先生のお話をされて、「音階はハ長調からさせない」など、柔軟な先生の指導法に影響を与えられたルーツを知ることができ、指導者としてのあり方を改めて考える機会にもなりました。
(大阪府吹田市 S.M.)

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第10回ちえの輪セミナー「リストを弾こう」

2011年10月18日

リストの真実を教えていただいて
 10月18日、高槻でのフランツ・リストの講座でピアノ組曲「クリスマスツリ―」から一曲弾かせて頂くことになりました。事務局の花田さんより突然、「次回の講座でリストの曲を弾いて頂けたら・・・」とお電話を頂き、リストの曲は難しいし・・・と躊躇し悩んだ末に、日頃頑張って発表会などの舞台に挑戦している生徒達の事を思い、引き受けさせて頂きました。私自身リストが好きで、手が小さいながらも学生時代に何度か試験で弾いた事もあり、楽譜を購入してどんな曲なのかワクワクドキドキしました。いざ楽譜に眼を通すと「あれ?これってホントにリストの曲?」と以前から耳にしていたリストの曲のイメージとは全く違い、不思議な感触でした。練習をしながらも「この曲ホントにリスト?」と頭の中が「???」になりました。
 そして講座の当日を迎え智恵先生のお話を聴くと、私は今まで何て無知だったのだろう、と衝撃を受けました。今までのリストに対するイメージは一言 で"華やか"だったのですが、その華々しいイメージの裏には16歳で父親を亡くした一人っ子のリストが自分の指10本で家庭(母親)を養わなければならないという使命感が基になっているという事実があるとのお話でした。羨ましいほどに指が長く、アイドル的存在で、生まれつき華やかなヴィルトゥオーゾだと思い込んでいたので、真実を知ってリストに対して恥じる気持ちでいっぱいになりました。昨年はリスト生誕200周年で各局のメディアでのリストの番組を見ましたが、智恵先生が教えて下さった真実を報道したメディアは一局もありませんでした。
 智恵先生から和歌山の勉強会で作曲家の奥深い真実を教わるのが毎回楽しみでなりません。ピアノの勉強をし、学ばせて頂き、頂いた知識を生徒に伝え、携われる事に、当たり前ではない事をさせて頂いているのだと感じ、改めて周囲の方や、恵まれた環境に感謝し、見つめ直すことのできる一日となりました。
(和歌山県和歌山市 N.M.)

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ちえの輪倶楽部 後援活動

2011年9月26日

 神戸レインボーハウス前にて

「音楽の底力」が目に見える形となって

 6/23 イデアコンサートシリーズ「クラシック再発見」、7/18 第7回希望コンサート「みんなの音楽」、9/5 高瀬佳子ピアノリサイタルが終わり、合わせて100万円を超える義援金が集まりました。
 「みんなの音楽 サポーター会」は、「ちえの輪倶楽部」として12口、それ以外に個人で入会・更新しているちえの輪会員の方も多くおられます。コンサートには、チケット代の内の定額が義援金になることもあり、多くの方にご来場いただきました。ご協力ありがとうございました。皆様の応援の気持ちと共に、この義援金を被災地の子どもたちに届けるため、あしなが育英会・神戸レインボーハウスを訪れることになった智恵先生とチーフに、私も同行させていただきました。
 95年阪神淡路大震災で被災孤児となった子どもたちは600余名に及びました。子どもたちが受けた心の傷を癒すための長期的なサポートができる施設として、99年に日本で初めて建設された遺児のためのケアハウスが「神戸レインボーハウス」です。ムジカ工房主催「阪神大震災救援コンサート 続けなければ続かない」収益金の寄付先でもあります。
 施設の内部には、子ども同士の交流のための「おしゃべりの部屋」「遊びの部屋」、音楽や絵画で自由に自分を表現できる部屋、一人で考えごとができる「思いの部屋」や日頃のストレスをボクシングなどで発散できる「火山の部屋」、中には、父子家庭の父親が料理を学べる部屋もありました。スタッフの方がたの、子どもたちに対する愛情と長年の経験を生かした細やかな心配りを、随所に感じることができました。
 東日本大震災での被災孤児は2000人に及ぶと聞いています。地震だけでなく津波の被害にあった子どもたちの心の傷の深さは計り知れません。あしなが育英会では、震災で親をなくした子どもたちに特別一時金として、0歳~中学生に50万円、高校生に80万円、大学生に100万円をすでに支給し終え、さらに、経済的な支援だけでなく、心のケアのために東北レインボーハウス建設を予定していて、今回、皆様からお預かりした義援金もその費用として役立てられます。
 「ちえの輪倶楽部」の活動が、音楽を「学ぶ」・「楽しむ」ことだけに留まらず、音楽で誰かの役に立つ、社会的な役割も果たせる、ということを再確認できた、貴重な施設訪問となりました。
(大阪府高槻市 M.Y.)



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睦会の活動「遠足」

2011年4月24日

ちえ先生の生徒の保護者会『睦会』。睦会では、年1回行なわれる発表会「リトルピアニストのつどい」に向けての取り組みの一環として、また、生徒や保護者間の親睦をはかるために、さまざまな行事を行なっています。その1つである、睦会遠足に参加してきました。

睦会の遠足に参加して

 「みなさん、精進してください―。」
 その方は、子どもたちを前にして、お別れのご挨拶の最後にそう言われた。「がんばってください」と結ばれるだろうと、なんとなく思っていた予想がはずれ、頭を打って目が覚めたような感覚とともに、ずしりと重い何かを受け止めたかんじがして、今も目を閉じると、頭の中でそのワンシーンが繰り返される。
 去る4月24日、ちえ先生の生徒さんとその保護者の会である「睦会」の遠足に参加させていただいた。今年の"つどい"のテーマ「民謡を作品に取り入れた大作曲家たち」に因んでの小旅行、行き先は、滋賀県高島市。ここには、詩人トマス・ムーアが魅せられ「夏の名残のバラ」の詩に織り込んだ"オールド・ブラッシュ"という品種のバラが、アイルランドから移植され根付いているということで、まずはそれを見学した。まだ花はなく、柔らかそうな葉っぱが茂っているだけだったが、目をこらしてよく見ると、たくさんの蕾がついていたり、去年の花が赤いローズヒップになっていたりと、それを見つけただけでも楽しくなってきた。
 昼食後、先生のお友達で語り部をなさっている禅定さんという方と、そのお知り合いによるお話と演奏の会があり、アイルランドの古い伝説、琵琶湖の竹生島にまつわる民話、そして琵琶湖に自生する"よし"の笛と、「コカリナ」と呼ばれる木の笛の演奏を聴かせていただいた。お迎えした4人のみなさんはプロではないが、それぞれ、素朴で暖かいお人柄とともに個性がにじみ出る語りと演奏で、素晴らしかった。私は今、語りに興味があるので、今回のプログラムを楽しみにしていたが、節度のある声の調子で、とても丁寧に語られ、こちらはすっかりその世界に引きこまれてしまった。大袈裟な身振りや表情、誇張された声色は、一度もなかった。ピアノと同じだ・・・!
 ちえ先生も「大事なのは心だからね」とおっしゃっていた。 あっという間に帰る時間になり、締めくくりのご挨拶をいただいたとき、禅定さんがおっしゃったのが冒頭の言葉である。
 ここにも、子どもを見くびらない人がいた。


JR近江高島駅前にて撮影
遠足で訪れた際には、まだ開花していませんでしたが、その後、高島の観光協会の方が、アイリッシュローズの咲いている写真を送って下さいました。
(事務局 H.S.)



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ちえの輪倶楽部・和歌山主催「ピーターラビットピアノの本コンサート」

2010年12月26日

子どもたちへの 最高のプレゼント となりました
 「いいコンサートだったね。やってよかったね。」これが私達和歌山のスタッフの感想でした。
 事前の予想を越え、会場は開演直前に慌てて椅子を足さなければならないほどの盛況で、お客様は、幼児からお年を召した方、招待した養護施設の子供たちも含め計173名でした。
会場が暗くなり、智恵先生のお話と望月優さんのピアノでピーターラビットのお話が進んでいきます。子供たちは騒ぐどころか、曲が進むにつれて、体が前へ前へと傾き、食い入るようにステージを見つめ、耳をすませ聴き入っています。勿論、私達大人もぐいぐいと惹き付けられ、まるで会場全体がピーターラビットの世界に入っていくようでした。終演後の会場は、開演前の緊張感の漂う様とはうって変わり、優しくて穏やかな空気が溢れていました。
 養護施設の子どもたちは「智恵先生にお礼が言いたい」と目を輝かせ、先生とお話していました。大人子供問わず、一日遅れの智恵サンタさんからのXmasプレゼントだねと話しました。
 音楽に出会い、伝え、人に出会う。日頃、智恵先生がおっしゃっていることを耳で体で心で実感したコンサートでした。 遠く和歌山まで大きな贈り物を届けに来てくださった 智恵先生、望月さんに心から感謝し御礼申し上げます。
 又、大阪からかけつけ、お手伝いくださったちえの輪倶楽部のスタッフの皆様にもお礼申し上げます。素晴らしいコンサートの開催の輪に加われた幸せを感じつつ・・・。
(和歌山県橋本市 M.Y.)

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ちえの輪倶楽部・福岡主催「ピーターラビットピアノの本コンサート」

2010年8月25日

2009年3月に京都と高槻で開かれた、ピアノと朗読による「ピーターラビットピアノの本」のコンサートが、CDの発売と呼応して、ちえの輪倶楽部福岡の主催で、大牟田で行われました。2ヶ月の準備期間で見事成功に導いた福岡のみなさんの行動力は、素晴らしいものでした。はじめてのコンサートをやり終えた感想をおききしました。

子どもたちの心に入り込んだ ピーターラビット
 記録的な猛暑の8月、福岡県大牟田市のひまわりホールにて、「ピーターラビットピアノの本」の朗読と演奏のコンサートが行われました。
 この計画が決まってから、急遽夏休みのレッスンをピーターのテキストだけにして、1曲でも多くコンサート前に弾かせておきました。1曲終えるごとに、生徒たちには「この曲には、どんなお話かな?たのしみね。」という会話を繰り返し、コンサートの時に集中して、演奏もお話も聴けるよう準備し、お母様方には北村先生のご活躍や、暖かいお人柄をご紹介させていただくと、みなさん快くチケットを購入してくださいました。
 当日150名のホールは満席で、北村先生の素敵な朗読と望月優さんのピアノで、ピーターの世界に静かに魅了されました。終わったときには、みなとてもすてきな笑顔が印象的でした。
 あの後、レッスンの時に、玄関から入ってくる子が「ぴた ぱた ぱたり ぱた・・・」と言いながら入ってきたり、コンサートのその日の夜から、お母さんが若い頃集めていたピーター全集を読み始めた男の子は、ピアノを弾いて、本を読んで、と、ピーターラビットにはまっているようです。
 これも、福岡の仲間たちの協力と、大阪から来てくださったみなさんの応援、サポートのおかげです。暑い、暑い夏のさわやかなひとときに、感謝いたします。
(福岡県大牟田市 S.Y.)

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第9回ちえの輪倶楽部総会 特別対談「左手のピアノから学ぶもの」

2010年5月24日

どんな条件の人も 音楽と共に 幸せに生きていける社会を目指して

 去る5/24(月)、高槻市民交流センター8階イベントホールにて第9回ちえの輪倶楽部総会を開催いたしました。前日からの大雨で足元の悪いなか、50名の会員の皆さんがご参加くださいました。
 総会後には、ゲストに智内威雄さんをお迎えし、「左手のピアノから学ぶもの」と題して、ちえ先生と対談していただきました。智内さんは、ドイツ・ハノーファー音楽大学の留学中に、右手にジストニアを発症し、リハビリに専念されていたところ、担当教授から左手の作品の演奏を勧められ、バッハのシャコンヌ(ブラームス編曲)と出会われました。これがきっかけで左手の作品のすばらしさを知り、ピアニストとして使命感を持って、埋もれている作品を紹介していこうと決心されたそうです。
 ハノーファー音楽大学にはジストニア専門の医療チームがあり、智内さんはそのサポートを受け、また教授の適切な指導のおかげで現在も演奏家として活躍されていますが、日本ではまだそのような体制はありません。ちえ先生は、ジストニアに限らずさまざまな条件の人が、それぞれにふさわしい方法で演奏し、音楽とともに幸せに生きていけるように、サポートの体制作りが急務であると共に、個々の指導者が生徒の様子をよく把握し、生徒から学び、レッスンを工夫する必要があるとおっしゃっています。智内さんは演奏家としての役割があり、私たちには指導者としての役割があるわけです。
 広い音域を使ったドラマティックな、サン=サーンスの「エレジー」や、美しい響きの吉松隆の作品など、左手のために書かれた曲が演奏され、音楽はやはり、人の幸福のために存在するのだということを改めて確認できたひとときでした。
 引き続いての親睦会では、脱力や左手の使い方についてなどの活発な質問に、智内さんが丁寧に答えてくださり、参加者は大いなる刺激をおみやげに、それぞれのレッスンに向かいました。
(事務局 H.S.)



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ちえの輪セミナー特別企画「on Xmas Day」

2009年12月25日

平和への祈りの心
 この日は初めに、イエス=キリストの誕生の物語を、素敵なピアノやリコーダーの演奏、賛美歌合唱を交えながら、 ちえ先生に語っていただきました。そして、それに続いてちえ先生は、ずしりと重い3枚の写真を紹介されました。それは、 おなかをすかせて泣いているアフガニスタンの孤児、国を守るためにと銃を持っている12歳の少年、そして、家が貧しくて 生きていくために炭鉱で働く8歳のブラジルの少年の写真でした。「日本は今平和で、こうしてみんなが幸せにクリスマスを 過ごしているけれど、外国には今でも戦争や貧困が続いているところがあり、両親を亡くしたり、食べるものにも飲む水に さえも不自由したり、人を殺す道具である銃を持って戦っている子どもがいるのです。そんなところでも、キリスト教を 信じる人たちの間では、クリスマスには戦争がお休みになるのですよ。」先生は、そう教えてくださいました。クリスマスとは、 なんて素敵な日なのでしょう。年に一度巡ってくるこの日は、平和というものを考えさせ、祈りの気持ちを起こさせてくれる日 なのですね。ちえ先生は、「メリー・クリスマス」という言葉は、あなた(自分以外の人)が楽しいクリスマスを過ごせますように、 と願う祈りの言葉だとおっしゃいました。そして私たちは、「メリー・クリスマス・トゥ・ユー」という歌を教えていただいて、 みんなで心をこめて歌いました。
 目には見えないことまで考える機会となった「on Xmas Day」。音楽を通して、他者の幸せを願い平和を愛せる人を育てて いきたいと心から思ったのは、私だけではなかったでしょう。
(事務局 H.S.)

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睦会の活動「つどいに向けて勉強会」

2009年11月23日

2010年の「リトルピアニストのつどい」(智恵先生のピアノ教室の発表会)のテーマは、 生誕200年になる「ショパン」です。睦会では、『ショパンを知る』と題し、智恵先生を講師として、11月23日(祝)に第1回勉強会を行ないました。睦会会員で、ちえの輪倶楽部会員でもある方からのレポートです。

天から下されたものに役目のないものはない(アイヌの言葉より)
 ショパンがポーランドで生まれてから、20才で祖国を離れパリへ向かうまでの道のりを、歴史的背景を まじえてわかりやすく解説して下さいました。また、ショパンの考えどうりに作曲された曲を、 生徒さんの演奏やCDで鑑賞しました。
 皆さんご存知の通り、ショパンがワルシャワ音楽学校を卒業し、祖国を出てウィーンへ向かい、 到着後まもなく、ポーランドの、ロシアに対する武装蜂起が勃発します。ショパンは、敵国でコンサートも 開けず出国も出来ずに、迫害を受け、孤独と苦悩を味わいます。銃を持って戦うのではなく、作曲をする事で ポーランドの悲しい歴史を後世に伝えることを使命と考え、祖国に戻らなかったショパン。先生は 「人にはそれぞれ役割がある。皆と同じでないと不安になる人が多い現代だからこそ、ショパンの生き方に 見習うことが多いのです」とおっしゃっていました。
 私事で恐縮ですが、9月30日~10月3日にカナダで開催された第2回国際障害者ピアノフェスティバルに 参加出場しました。私は生まれつき左手の指が欠損しています。出場のきっかけはこの手で生まれた私には 私なりの役割があるのではないかと思ったからです。幼い頃、人にからかわれたり、心無い人々の視線をあびて 「こんな手いやだ」と母を泣かせた事もあります。しかしこの手を通して辛さを味わう反面、人の優しさに 触れる事も出来ました。困った時には一緒に考えてくれる人と出会い今まで生きてこれたように、私も誰かの 励みとなる音が出せるようになりたいと思って勉強中です。フェスティバルではショパン作曲プレリュード OP28-4と28-7を演奏しました。
 出場にあたり、先生から「様ざまな工夫と努力で弾き、皆さんにショパンの曲っていいなぁ。きれいだなぁ。 と思ってもらう事があなたの役割よ。応援しているからね。」と声をかけて頂きました。大切なことを見据えて ご指導頂いていることを幸せに思います。そして「障害」はあってもこの世に生まれてきて良かったと思えた 瞬間でした。
(大阪府豊中市 Y.K.)

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第37回「リトルピアニストのつどい」

2009年8月1日

ちえ先生のピアノ教室の発表会である「リトルピアニストのつどい(第37回)」が、2009年8月1日、大阪で開かれた。 毎年全国からピアノ指導者が、ちえ先生がゼミや著書でおっしゃっていることを自分の目で、耳で実感したくて、多数聴きに来られる。聴きに来られた会員の方に感想をお聞きした。

『リトルピアニストのつどい』
 独奏の部では、昨年まで智恵先生とのセッションを楽しんでいたMちゃんが、今年は一人で舞台に現れ 「ピーターとベンジャミンの楽しい楽しいお話」をウキウキした音で演奏する姿にすごい成長を感じました。 子どもを信じて、その時に必要なことだけを与えながら待ち続ける!の講座を実践で見ている感じです。 また、Yさんの演奏は感動的で、ショパンのプレリュードを障害のある手のために編曲するのではなく、その手を生かした方法で原曲のまま演奏するという素晴らしいものでした。智恵先生の作曲者・演奏者とも 大切にされた工夫と、Yさんの音楽に対する真摯な姿に涙があふれてきました。
 つどいの部では、まず舞台上の本物のアルペンホルンの堂々とした存在感に圧倒され、どんな映像より 本物の持つ迫力に感動。また、各国の楽器に出会う事は知らない人に出会う事、その人たちの歴史・民族・生き方を 知るという事。戦争中、空き缶など廃材を利用してまで楽器を作り、人々が音楽を生きる糧としてきたという 智恵先生のお話に、楽器に対する思いを新たにして演奏を聴く事となりました。終演後、ロビーに展示された 楽器を興味深そうに見ていた子ども達に「触ってもいいよ」とお許しが出ました。女の子が直径3㎝位の美しい玉を 手にした途端、得も知れない美しい音色が流れ「わぁ!」と一瞬にして輝いたあの表情に、とっても幸せな気持で 会場を後にしました。
(大阪・茨木市 D.S.)

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「ピーターラビットピアノの本」指導者の会主催「朗読とピアノのためのピーターラビットピアノの本コンサート」

2009年3月27日

2009年3月27日に行われた「朗読とピアノのための ピーターラビットピアノの本 コンサート」。
「ピーターラビットピアノの本」指導者の会を結成し、その中の有志がこのコンサートの実行委員となって、準備を進めてきました。

「指導者の会」での学びの中から大切なものを得た
『学ぶことは変わること』
私にとって指導者の会とは...
 学校のような存在です。全てが学びの場となっています。家事、育児、仕事がある中で指導者の会の活動をしていく事は時間的に厳しい時もあります。でも、その中にいつも学びがあります。過去10年間の月日より、指導者の会で活動した1年間の方がたくさんの学びがありました。人と人との関わりの中で、生徒への接し方、保護者への接し方を学びました。

思いの強さが 人を変える
 『ピーターラビット ピアノの本』への思いも強まる一方です!
 私が一生懸命になると
  →生徒達が一生懸命になります
  →その姿をみて保護者が変わります
 小さな悩みのうちに仲間に相談し →解決
 私はこの「指導者の会」に属す事ができ、とても、幸せです。心より感謝致します。

仲間とつくり上げた『コンサート』の意味は大きい
 コンサートを大盛況に終えた今、一番感じる事は、ちえの輪会員皆さんと共につくり上げたコンサートとなった事です。チケットを一枚でも多く...とたくさんの方々に声をかけて下さり、 追加公演!という大変幸せな事態となり、喜びと感謝の気持ちで一杯です。このコンサートの呼び掛けでたくさんのドラマが生まれました!
 何かする度に皆さんのあたたかい心に触れる事ができました。一人一人の小さな力が合わさり、不可能が可能に変わった瞬間。そこに属す事ができた事に感謝の気持ちで一杯です。そして、その出会いの根源『ピーターラビット ピアノの本』を書いて下さったちえ先生に心から感謝致します。このコンサート活動を通して、学びだけではなく、優しさとあたたかい心に触れることができ、とても幸せでした。ありがとうございました。
(兵庫県宝塚市  H.Y.)

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「ピーターラビットピアノの本」指導者の会 より 報告

2009年

生徒たちに 音楽への夢を持ってほしい~
「ピーターラビット ピアノの本 コンサート」開催に向けて

 子どもの時、コンサートに行ったことを覚えていますか?私の場合は、コンサートはビッグイベントだった。カレンダーに○をつけるくらいの楽しみで、指折り数えて待っていた。両親は特に音楽好きだったわけではないので、好きな演奏家などがいたとは思えないが「せっかく習っているのだから、本物を見せて(聴かせて?)おかないと・・・」というくらいの気持ちだったと思う。いなかに住んでいたので駅まで車で行き、電車に乗り換えて大阪まで行った。お気に入りのハンドバッグ(子ども用)を持って、都会までの遠出、大きなコンサートホール、華やいだロビー、夜の外出・・・日常と違う雰囲気にどきどきわくわくした記憶がある。
 今の子どもはどうだろう?ゲーム、キャンプ、スキー、海外旅行・・・他に楽しみがたくさんある?いえ、30年ほど前の、私が子どもだった頃も、上の世代の人には「今の子どもはぜいたくだ」と言われた。でも、そんな中でも、どきどきしてコンサートに行く音楽好きな子どもも確かに存在したのだ。
 3月27日の「ピーターラビット ピアノの本」コンサートのチラシを見て、生徒が「きたむらちえさんとあえるの?わたし、紙とペンもっていこうかな?」と、目をきらきらさせて言った。(サインをもらおうと思っているらしい。)自分が弾いている曲の作曲家が、曲にあったお話を読んでくれて、プロのピアニストが演奏する!彼女にとっては、大事件なのだ。
 高瀬佳子さんがピーターラビットの曲を演奏するのを生で聴く機会があった。とても美しくて、たちまち私の「理想の音楽」になった。
 素敵なホール、ピアニストの演奏、美しい響き、初めての京都、夜のコンサート・・・生徒たちにとって、夢のような一夜になるに違いない。十回のレッスンよりずっと価値のあるひと時に──。
(事務局 M.M.)



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シルバーエイジの今からピアニスト「第6回発表会」

2008年9月14日

ちえ先生が、「シルバーエイジの今からピアニスト」という楽譜を出版されてからもう十何年になります。そのころからちえ先生にピアノを習い始めた高齢者の方たちも含め、多くの方がグループレッスンを長く続けておられます。定期的に開催されているシルバーさんたちの発表会に足を運びました。

『シルバーエイジの今からピアニスト』
 今までにも何度か聴きに行っていますが、その度に皆さんが上手になっていらっしゃるのには驚かされます。前には途中で止まってしまい、楽譜を見ながら弾かれた方もいらっしゃいましたが、今回は全員が暗譜で途中止まることなく弾かれました。また、以前は編曲ものがほとんどでしたが、今回はブルクミュラーのエチュード、ショパンや智恵先生のオリジナル曲、ポリフォニーの曲などを弾かれていました。皆さん、10年前後ピアノを続けているとお聞きし、プログラムにも書かれていましたが、まさに「継続は力なり」は本当であると思いました。
 この発表会の特長は、演奏を終えた直後に智恵先生のインタビューがあることです。
 今日の曲を1年間かけて練習してきたことや、今日の日のために衣装をご自分で作られた方、リュウマチで指が変形していてもリハビリのためにピアノを続けている方、小・中学校の頃は音楽が嫌いだったので好きになりたくて始めた方や、一日中ピアノを弾いていたい方、レパートリーをもっともっと増やしていきたい、などとそれぞれの方のお話をお聞きし、ピアノを弾くことが皆さんの生活の大事な一部になっていると感じます。また、年寄り扱いせずにきびしく指導して下さる先生への感謝と、グループレッスンでの仲間がいるから励みになり楽しく続けていることもお話されていました。
 以前の会報の特集『「シルバーエイジ」の今からピアニスト』に先生が書かれていますが、「どの人に対しても音楽的な演奏であることを求め続け、できると信じ、妥協せずに待ち続けること」この姿勢があってこそ、今日の発表会なのだと思いました。
(大阪府茨木市 A.J.)

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第36回「リトルピアニストのつどい」&ムジカ工房主催「第4回希望コンサートみんなの音楽」

2008年7月20日・21日

ちえ先生のピアノ教室の発表会である「リトルピアニストのつどい」が、7月21日、大阪で開かれた。毎年全国からピアノ指導者が、先生のゼミや著書でおっしゃっていることを自分の目で、耳で実感したくて、多数聴きに来られる。今年初めて聴きに来られた会員の方に感想をお聞きした。また、前日行われた「みんなの音楽」に参加した、ちえの輪倶楽部のリコーダー演奏のレポートもいただいた。

リトルピアニストのつどい

 東京のセミナーで発表会についての講座を受けた時、一度実際にリトルピアニストのつどいを聴かせて頂きたいと思っていました。
 最初の独奏の部は、7人位ずつで3つのブロックに分けられており、間に5分の休憩がありました。このような細やかな心遣いによってか、客席はとても静かに演奏に聴き入っていました。そして、生徒さんたちの演奏は、どの方ものびやかで説得力があり素敵でした。おじぎ等の舞台マナーもしっかりしていてその姿はとても美しかったです。
 後半の合わせものでは、色々な編成のものが集められ、誰でも知っている名曲から、佐藤敏直、キュイ等の作品まで、様々な曲が次々に演奏され楽しかったです。合わせものをするにあたって自分に与えられた曲だけを練習してきたのではなく、室内楽を聴いたりもして、一年かけて取り組んでこられたのだそうです。きっとこんな経験を積んだ生徒さんは、独奏の音色も、より豊かになるでしょうし、ピアノだけでなく、色々な種類の音楽を幅広く愛する人になると思います。
 最後の全員合唱は、出演者の方はもちろん、客席もまきこんでの大合唱でした。子供達は楽しそうに無邪気に歌い、大人達はしみじみ歌い、ほのぼのとした空気に会場が包まれました。発表会というよりも、音楽はいいなぁと、人と共に在ることの幸せを感じさせてくれる音楽会でした。
(東京都世田谷区 N.A.)

みんなの音楽に出演して

 この度「みんなの音楽」コンサートに、ちえの輪倶楽部の方々とリコーダーアンサンブルで参加して、様々な体験を通して沢山のことを教わりました。限られた練習時間の中で、今の私達ができる精一杯の音楽を奏でたいと10名が共に励まし合ってがんばった4ヶ月間でした。シンプルで素朴な音色が持ち味のリコーダーは、微妙な息の入れ具合で大きく音程や音色が変わる為、耳を研ぎ澄ましてお互いの音を聴きあうところから始めました。
 智恵先生からよく御指導いただく「自分の音を聴く」ことがどれ程大切であるかを今まで以上に実感しました。また、周りの息づかいを感じつつフレージングや曲想を合わせることで、一人では表現できないハーモニーの広がりを楽しむことができました。本番のステージでは緊張に震える指を抑えつつ、心を込めて演奏しました。同じ目的に向かって音楽を皆で作り上げるアンサンブルの醍醐味を味わえたことは、私自身大きな収穫でした。
 今回の経験は私の職場である高校の授業でのリコーダー指導にも大変役立ち、譜面通りに吹くことのみの指導方法から、実体験で学んだ演奏技法や曲想の表現など具体的な指導に変わり、生徒たちもすぐに生き生きとした音楽として返してくれた時は驚きでした。
 リコーダーという楽器に触れ、基本的な奏法をはじめ、ピアノでは味わえない新鮮な音楽体験ができ、なにより音楽を作り上げる愉しさを共有できた、ステキなピアノの先生方との出会いに、感謝で一杯です。ありがとうございました。
(大阪府大阪市 O.Y.)



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北村智恵・講座「ピアノ指導者ゼミナール研究課程」

2008年5月

北村智恵先生は、音楽関係機関や教育関係機関からの依頼で、現在までに数多くの講座・講演を行なっていますが、それ以外に、ちえの輪倶楽部会員限定のゼミを開講して下さっています。今回は、その中でも、「ピアノ指導者ゼミナール研究課程」(2年間の定期ゼミを受講し終えた人のみが受けることのできる、より深く広く学ぶための連続講座)を受講している会員の方から感想をいただきました。

2006年4月~2008年3月
研究テーマ『世界の作曲家たち』
 私が智恵先生の講座を初めて受講したのは5年程前になります。音大を卒業すればピアノの先生になれるだろうと甘く考えていたのが大間違い!自分の演奏と教えるのとは全く違うという事に気付かされ、行き詰まってしまいました。そんな時に、素晴らしい先生が講座を開いていると知人から紹介して頂いたのがきっかけです。それまで私が出会ってきた指導者とは違い、決して技術の切り売りではない事に衝撃を受けたのを昨日の事のように覚えています。教育者としての智恵先生の姿勢、考え、その人柄に少しでも近づきたい思いで、新しい講座は必ず受講し、勉強させて頂いています。今回の講座で勉強した中に、正直、初めて耳にする作曲家も多くいました。大作曲家の陰となり、でも民衆に親しまれていた作曲家。その小品のなんと美しいメロディー、美しい和声、楽しいリズムの多いこと!子どもたちに世の中にこのような曲があることを知らせていない自分を恥ずかしく思い、すぐに発表会のレパートリーに取り入れた所、大好評でした。それ以外にも、他国の文化やその歴史から学ぶこと、どの国のどの時代においても人々の生きる力となり、人々が繋がって生きる、歴史という中で残り続けた文化。それは価値のあるとても大切なものだということも強く心に残りました。智恵先生に出会えたことで、学び続けることの大切さと喜びを感じています。今後も向上心を持ち、生徒と共に学びあって歩んで行きたいです。
(奈良県香芝市 K.R.)

2008年4月~「ピアノレッスンの本質を問う」
研究テーマ『ピーターラビット ピアノの本』
 ピアノ指導者ゼミ「たぬき組」のクラスを卒業して、先生のご好意で先生のご自宅で行われている「くじら組」での講座を現在も受講させていただいていますが、受講する度に先生の知識の奥深さと音楽の真理を見抜く鋭い感性、それと共に本当の人間としての生き方にまでゆるぎない信念を持って立ち向かっておられる姿にいつも感動し、勇気づけられながら勉強させていただいております。特にショパンはもちろんのこと、ラフマニノフや他の作曲家の曲に託した深い思いを熱く語っていただいた時、思わず涙があふれてきて、今まで何となく聞いていた曲がとても愛しく思える程、ステキな時を過ごさせていただいております。そんな素晴らしい「くじら組」を受講しているにもかかわらず、又、先生の新しい講座を受講したいと思ったきっかけはそんな素晴らしい先生にもっと触れたいと思ったのはもちろんですが、先生の作られたピーターラビット ピアノの本をもっと知りたいと思ったのともう一度、指導者としての自分自身をみつめ直したいという気持ちからでした。四月の第一回目を受講してみて、自分の未熟さ、甘さが痛いほど感じられ、導入時期の指導の大切さを再認識させられました。知識は丁寧にしっかりと教える。その知識を知った上で音楽をどう表現し、どう人に伝えることができるのか?小さな子供でも一人の立派な音楽家として導いてあげることが指導者として大事な心構えなのだと感じました。
 これからも益々、再認識させられることがたくさんあると思いますが、目を背けずに真正面から向かっていこうと思っています。ちえ先生!!よろしくお願い致します!
(京都市中京区 K.M.)

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第7回ちえの輪セミナー「レントラーからワルツへ」

2008年1月7日

1月7日のこのセミナーは、農民たちの間で踊られていたレントラーの初期の踊りの絵や映像で始まり、その後19世紀にかけてのレントラーの変化、メヌエットとワルツ・レントラーの違いなどを、ご講義いただきました。実際の曲の演奏を耳で感じ、スライドに移される映像や楽譜を見て、目で確かめられる贅沢なセミナーとなりました。これらの曲のレッスンでの生かし方も教えていただき、参加者には大いに参考になったと思います。 さて、今回は、ちえの輪倶楽部事務局員3名に会員2名が加わった実行委員会を組織し、準備にあたりました。初めて実行委員として参加された方からのレポートです。

 「第7回ちえの輪セミナー」の実行委員として準備段階から参加しました。
 これまでちえの輪セミナーは、ちえ先生が中心となって準備され、開催されていると思っていました。もちろん、研究されてきた全てのことを、惜しみなく私たちに伝えて下さるちえ先生がいらっしゃらなければ成り立ちませんが、実行委員がすべきことの多さに驚きました。
 会場に関すること、チラシ等の作成・送付、演奏者の依頼・連絡、セミナーで使用する譜面や資料の作成、先生との打ち合わせ、受講者の確認、会計等々。参加された方に喜んで頂けるようにという思いのもとに、1つ1つの仕事が計画的に無駄なくていねいに進められていて、自分の生徒の発表会においての取り組み方や詰めの甘さを痛感しました。
 今回は、年が明けてすぐという日程的に厳しい条件ということもあり、ポスターを作製し、楽器店・教室・自宅前等に貼り、告知に努めました。こうした活動を通して、「ちえの輪倶楽部」の存在や活動を広く知ってもらえればという思いが募ってきました。また、本来は指導者が対象のセミナーですが、冬休み中でしたので学生も参加できるように「学生料金」を設けました。3名の学生の参加がありましたが、もっと生徒や出身大学等に声をかけていくべきだったと思います。
 スタッフ間の連絡はかなり密で、パソコンに次々と連絡や資料が送られてきました。初めの頃は頻繁にメールが届くとは思わず、未読のまま溜め込むこともありました。スタッフとしての自覚に欠けていたと思います。どんな小さなことでも何かある度に連絡が入りました。──1人で抱え込まない・悩まない・決めない──各自の役割は決まっていても、お互いをサポートしながら、みんなの力でセミナーを成功させようという思いを感じました。
 当日はあいにくの雨で寒い日となりましたが、50名近くの方が参加されました。ちえ先生の興味溢れるお話、ピアノの生演奏、当時の様子がわかる絵や映像などを通して、知っているようで知らなかった「ワルツとレントラー」に触れることができました。また、多くの参加者の方が会場準備や後片付けに協力して下さったことも嬉しいことでした。
 2時間のセミナーに、ちえ先生もスタッフもどれだけの時間をかけて準備されているのかを知りました。1回1回の講座に心して臨まないといけないこと、1つ1つのことに相手の立場にたって心を込めて接すること、どんなことでもきっちり伝えること、どれも当たり前のことですが改めて気づきました。
 スタッフとしてお役に立てたかどうかわかりませんが、参加してよかったと思います。
 ちえ先生、事務局の皆さん、ありがとうございました。
(大阪府大阪市 F.Y.)



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ムジカ工房主催「第3回希望コンサートみんなの音楽」

2007年7月15日

近所の子どもたちと作った 「ちそく谷合奏団」
手づくり楽器で地元の小唄
 『ちそく谷』というのは兵庫県篠山市の私が住む谷の名前です。私がここに生後1ヶ月の娘を連れて引っ越してきた当初から、珍しそうに(インターホンを押す事もなく!)毎日毎日我が家を訪問する子ども達と合奏団を作ろう、と思ったのは8年前でした。
 「おばちゃんち、いっぱい楽器あるなぁ。触っていい?」「合奏団の集金いくら?」「おかあさんが、合奏なんかしに毎日行ったらあかんって言うねん。だから来てる事内緒にしといてな。」
 大阪の都会育ちの私は子ども達の言葉に絶句し、それでも音楽をやりたい!という素直な気持ちに心を打たれました。「お金はいらんし、また来ていいよ。お母さんは心配なだけやから、ちゃんとお手紙を書いてあげる。」それからも、ほんとに色んな事がありました。何度か小さな演奏会をしましたが、一度も来ない親もあってそんな子は淋しそうでした。
 8年経って、小さい故に音楽を続ける事が困難だった子達はみんな大きくなって忙しくなり、合奏団に来れなくなりました。「ちょっと休団しようか?」という話になった頃、智恵先生から『みんなの音楽』のお話を頂きました。出られるメンバーで、今出来ることをやればいいから、とみんなを励まして今回出演させて頂きました。昨年、みんなで作った三味線で、今は殆んど地元で忘れられた「篠山小唄」等を歌いました。予期せぬ台風上陸にもかかわらず来てくださったお客様の沢山の拍手、日下部先生や智恵先生の心あるお言葉...。他の出演者の方々の音楽に対する真剣さ。メンバーみんなの心に響いたと思います。
 ありがとうございました。
(兵庫県篠山市 I.R.)

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ムジカ工房主催「ショパンへの道」vol.8「ショパンのパリ」

2007年5月31日

今回で第8回となったちえ先生のレクチャーコンサート「ショパンへの道」は、生誕200年、2010年のアニバーサリーまでに全曲レクチャーコンサートを開こうと2003年12月から開始されています。毎回色々な観点からお話され、本当のショパンの音楽を知る、愉しみなコンサートです。 今回は『ショパンにとってのパリ』というテーマでした。自分でもショパンとパリに関する本を読み、ショパンが住んでいた頃のパリのことを調べてみました。王政復古、産業革命、バルザック、パリ・・・遠い世界のことばだったものが、ショパンという視点から見る事で、なんだか身近に感じられました。会場のエントランスには「産業革命」「革命の比較」「ショパンゆかりの地」などの掲示がされており、当時のパリの様子をとても興味深く拝見しました。

本当のショパンの音楽を知る 愉しみなコンサート
 18世紀後半、ポーランドの国力は衰え、1815年にはウィーン体制によりロシアに支配されます。1830年、フランスで七月革命が起こり、ポーランドにおいてもロシアの支配から独立しようと激しい独立運動が起き、国内は不安定な状態に陥りました。
 1830年11月、ショパンは二十歳の時、祖国ポーランドを離れウィーンへ行きますが、ここでも思うような音楽活動ができなくなり、8ヶ月の滞在の後パリへ行きます。パリにはポーランドからの亡命者が多く、ショパンも亡命者として、後世、音楽家として作品を残すことで、祖国ポーランドへの愛国心を貫こうと決意します。
 パリでは産業革命が本格化し、急速に大都市となり、また、王権制度が崩れ、自由と人権が確立されていきます。パリには活気が戻り、中産階級のお金持ち(ブルジョワジー)が力を持つようになり、その社交の場として「サロン」が増えました。親密な雰囲気の中で芸術や美術についての議論に花咲かせ、様々な人間関係を作る場として華々しく開かれていました。当時、オペラ音楽も流行っていましたが、サロンでは大ホールで轟くような音ではなく、繊細なピアノの音色で肩の凝らない、身近な場所で聴くサロン音楽が好んで演奏されました。
 ショパンは1832年2月26日プレイエルホールにてパリデビューします。音楽新聞で評価され、サロンへも誘われるようになります。この頃のピアノは今までのピアノとは違い、楽器としての機能がほぼ完成されており、特に彼は自分の音楽にふさわしい、華やかできらびやかな音色がする、高音部に金属のフレームが入ったプレイエルのピアノを好んで弾いていました。
 ショパンはサロンに合った音楽ノクターン、アンプロンプチュ、ワルツ、バラード、ファンタジーなどを作曲する反面、祖国ポーランドを愛するナショナリストとしてマズルカ、ポロネーズのキャラクターピースも作曲し続けます。
 パリは芸術と文化の中心地で、ショパンはリスト、シューマン、メンデルスゾーン、ベッリーニなどの音楽家以外にも、詩人のハイネ、画家のドラクロワ、作家のバルザック、そしてジョルジュ・サンドなど多くの芸術家と交流を持ちました。 ちえ先生は、「大きく変貌し、この新しい空気がみなぎるパリだからこそ、ショパンの音楽のピアニズムが受け入れられ、よい方向へ向かったといえるのではないでしょうか。」とお話なさいました。
 今回二度目のご出演となったゲストピアニストの岡本麻子さんの演奏は、先生のレクチャーの内容を裏付けてくれるように素晴しく、彼女の音の豊かさ、美しさにサロン音楽の様子が目に浮かびます。特に、最後に演奏されたベルスーズ 変ニ長調op.57は、「ショパンの右手はオペラのコロラトゥーラ、左手はチェロ」そのものを思わせるように美しく、本当に天使が舞い降りて、私達を癒してくれているような気持ちになりました。機会があれば、ぜひまた彼女の演奏を聴いてみたいと思いながら会場を後にしました。
(事務局 A.J.)

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レッスン体験

2007年

演奏することで学ぶ 指導者に必要な音楽力
思い切って、智恵先生にプライベートレッスンをお願いしてから6年が経ちました。
 今回、先生の勧めで初めて、マクダウェルの『森のスケッチ』に触れました。存在は知っていましたが、素通りしていたのが正直なところです。「野ばらに寄す」から弾き始めました。一見、和音が並んだ単純な曲のように思えました。題名からも素朴さをイメージしましたが、取り組むうちに、素朴=単純ではないことに気付かされました。変化していく和声に浮かびあがる旋律。この美しさを自分で音にしていく事、音の出し方が技術なのだと改めて感じました。まさしく、出てきた音が勝負で、微妙なタッチ、手首の角度等、これを見極めていくのが練習なのだと。
 また、「秋に」では、最初の軽快な部分とコラール風な部分と大きく2つの要素の曲としか捉えていませんでした。しかし軽快に動きのある部分にも、秋の物悲しさと収穫の喜びとがあり、軽快さに任せて、一気に弾く事しか知らなかった私は、一音一音をおざなりに弾いていました。また、音をならしたり、休符の無音に耳を傾ける事に注意していても、音の切れ方、消え方にまで意識を向けていなかった事に気付かされました。
 今回のレッスンで、智恵先生から、マクダウェルの小品に出会うきっかけを与えて頂き、大きな発見を引き出して下さったことに感謝しています。私も今回の事を活かし"小も大を兼ねる"レッスンをしていきたいと思います。
(広島県広島市 M.K.)

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北村智恵・講座「サロンゼミ(クジラ組)」

2006年

 毎回、目から鱗が落ちる思いだったピアノ指導者ゼミナール「イルカ組」の二年間が終了した時、今後も定期的に教えていただきたいという思いから、智恵先生に無理をお願いしてイルカ組のメンバーを中心に毎月一回のサロンゼミ「クジラ組」が始まりました。今は4年目ですが、3年目からタヌキ組さんの方々も加わり更に賑やかになりました。
 クジラ組では実際にピアノを弾いて、アドバイスを受けています。先生のお話を聞いて分かったつもりになっていた事も実際に弾いてみるとよくわかっていなかったことに気づきました。
 指導者ゼミでもバーナムについて教えていただきましたが、実際に弾いてマルカート、レガート、スタッカートの方法を徹底的に教えていただきました。また方法だけにとらわれず、実際に出た音にこだわる事の大切さも教わりました。
 智恵先生から教わった事はたくさんありますが、特に心に残り、これからも忘れないようにしていきたいと思っていることは、生徒さんが子供であれ大人であれ、その人の可能性を信じて諦めないという事です。「信じること」と「諦めないこと」はピアノを教える時だけでなく、生きていく上で大切なことだと思い、常に心に留めておきたいと思っています。
(大阪府泉北郡 T.Y.)

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北村智恵・講座「ピーターラビットピアノの本徹底学習ゼミナール」

2006年

会報17号に同封しご案内しました、ちえの輪倶楽部主催 「ピーターラビット ピアノの本」徹底学習ゼミナールのためのプレセミナーが8月20日に開かれ、10月2日、11月6日とすでに2回の講座が行われました。その様子を報告いたします。

「ピーターラビット ピアノの本」徹底学習ゼミナール
 プレセミナーが行われた8月20日は、夏休み中の日曜日にもかかわらず、たくさんの方がご参加下さり、ちえの輪サロンは熱気でいっぱいになりました。まず、事務局から、この講座は、先生のお話しを一方的に聴くだけでなく、受講者の方々のレッスンでどのように活かされているのか確かめながら進めていくという、双方向性のある講座を目指したいということをお話させていただきました。次に、この講座で学びたいことやこの本を使っての感想を、参加者全員から聞かせていただきました。それぞれの方がこの連続講座に期待していることの大きさを感じました。
 その後、先生が、このゼミで「音楽とは何か」を確認しあい、「レッスンとは何か」をともに学びあいましょうと私たちの心に訴えるようにお話され、1巻の1ページ目から講座が始まりました。私たちは、導入期のレッスンで、教えるべきことをきちんと伝え、生徒がそれを正しく理解しているかを生徒の(音楽活動の)様子から判断し、音楽をともに感じ楽しんでいくことが大切なのだと強く認識しました。また、先生の弾かれる「ピグウィグの足音」や「ピーターのたいこ」は、どこを聴いても最高に音楽的な音色・リズムで演奏されていることに感動を覚えました。私たち指導者がピアノの音を出すとき、たとえそれがどんなに音数の少ないものでも、その曲(表現したいこと)にふさわしい音で弾かなければならない、一音たりともいいかげんに弾いてはいけない、生徒は全部聴いているのだと改めて思い知り、身の引き締まる思いでした。
 その後も緊張感に満ちた講座が続き、11月のゼミでは、1巻を全部終えました。
 次の講座までに自主的に集まって勉強会をしたり、やむを得ず欠席した人にはゼミと同じ2時間をかけてゼミの内容を伝えあう補講をしたり、と仲間とともに学ぶことも始まりました。それぞれがしっかり勉強し、力をつける集まりにしていきたいと思っています。

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北村智恵・講座「指導者ゼミ ピアノを教える人に(モンキー組)」

2006年

 二年間の講座は、一回一回が発見であり、感動であり、大変充実したものでした。
 講座を通して強く感じられたのは、先生がいかに一人ひとりを大切に、成長を願いながら接してこられたかということです。先生のお話では、いろんな生徒の姿が目にうかびます。そして、それぞれの生徒の性格、技量、体型等に合わせた指導法が用意されていることに深く感じ入りました。
 また、成長を願う上では、してはならないこともあること、決して妥協しないことの大切さも知りました。ここまでして初めて、生徒と共に歩んでいける指導者になれるのだと思い、生徒に対する姿勢やレッスンに対する意識が変わってきました。
 そして、何よりも楽しかったのは、先生の魅力的なお話です。例えば、歴史的背景や作曲家の話から楽曲の構成につながり、奏法につながってゆく話等は、「だから、ここはこう弾くのだ。」と、納得しました。
 いろんな事柄が魔法をかけられたようにつながってゆき、音楽の世界が広がってゆく楽しさを味わいました。
 また、講座後の感動やレッスンでの悩み等を共有し合えるモンキー組の仲間と出会えたことも幸せでした。
 指導法を越えて、音楽の楽しさ、すばらしさを教えていただき、すてきな出会いも与えて下さったちえ先生に、感謝の気持ちでいっぱいです。
(兵庫県三木市 O.H.)

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ちえの輪倶楽部 後援活動

2006年

希望コンサート「みんなの音楽」 ─語るべき自分らしさを育てるために─
 ちえの輪倶楽部は、活動のコンセプトに「ちえ先生の音楽教育活動に共感し、応援の輪を広げる」ということを掲げており、その一環として、今後「みんなの音楽」や「ショパンへの道」を後援していくことが総会でも承認されました。早速それを実践するべく、今回は6月3日に行なわれた「第2回みんなの音楽」に9名が当日スタッフとして参加しました。
 具体的な作業の内容は、午前中、私たち4名とムジカ工房からのスタッフの皆さんとで、プログラムを折りお知らせをはさむ、CDの販売の準備、受付の設営を行いました。そして午後には9名が揃い、受付、整理券の管理、サポーター会の入会受付、来場者への対応等の係に分かれてお手伝いをし、開演後は交代でコンサートを聴きました。
 今回はじめて参加して感じたことは、まず、システムがわかりやすく整えられていてスムースに気持ちよく仕事ができたということです。私たちが逆の立場になったときに、見習うべき点だと思いました。また嬉しいことに、多くの方と出会い新しいつながりが持てたり、これまでにあった人間関係をさらに深めることもできました。
 そして何よりも、ピアノ指導者としてこの会全体を見渡したときに、自分の主催する発表会などと照らし合わせてみて自分がいかに不十分かということを痛感しましたし、「舞台で演奏する」ということがどういうことなのか、その根本的な意味について深く考えさせられました。舞台に立って人に自分の演奏を聴いてもらうということは、積極的に自己を表現し主張することに他なりません。しかし、そこから生まれる「音楽」は、目に見えないこともすべて含んだ "その人そのもの"なのだと、改めて気が付いたのです。「音楽とは、自分自身を語るもの。音楽教育とは、語るべき自分らしさを持たせること。」と、ちえ先生は教えてくださいました。私もピアノ指導者として、自分自身を語れる生徒を育ててゆきたいし、そのためにはもっと広く深く学び続け、感動し、内面の豊かな人間になりたいと思いました。
 このようなことは、自分ひとりで教室を運営しているだけではなかなか体験できませんので、今後できるだけ多くの会員の皆さんにも参加していただいて、いろいろなことを学んだり感じたりしていただければ、と考えております。今回は日程等の関係であまりたくさんの方に声をかけられませんでしたが、次回からは広く呼びかけたいと思っております。また、「ぜひ自分も参加したい」と考えておられる方がいらっしゃいましたら、どうぞ事務局へお申し出ください。
 最後に、今回参加を呼びかけた会員の中で、「自分は都合が悪くて行けないけれども他の思い当たる人を紹介します」と言ってくださった方や、実際に何人かのお知り合いに電話をかけてくださった方があり、大変感激したことを申し添えて、レポートをおわります。

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シルバーエイジの今からピアニスト「第4回発表会」

2005年5月15日

ちえ先生の「シルバーエイジの今からピアニスト」 第4回発表会が5月15日高槻市立総合市民交流センターで開かれ、子どもからシルバーの方まで大勢のお客さんであふれ、笑いあり涙ありの、感動的な発表会でした。 「ちえの輪倶楽部」の会員の方もたくさん聴きに来られていましたので、感想をうかがいまとめてみました。

「今からピアニスト」第4回発表会
 会場は、「演奏者が演奏に専念できるように」と、ちえ先生の子どもの生徒さんや関係者の方々が準備やお手伝いをされ、発表会で演奏する時の気持ちを理解している人たちだからこそできる心配りがなされ、少しでも緊張しないようにとの、暖かい雰囲気が醸し出されていました。
 満員の客席の人々も演奏者と同じ呼吸をして聴き、途中で止まりそうになった時の「頑張れ 頑張れ」という聴衆の心の中の声援は、きっと演奏している方にも届いたと思います。
 本当に素直なブルグミュラーの「パストラル」や、丁寧な演奏の「アラベスク」を聴くと、その人となりがあふれてくるのを感じ、こういう演奏ができるまでのちえ先生のご指導を思い、頭の下がる思いでした。
 シルバーさんたちの演奏後の少年少女のような表情も印象的で、満足感にあふれていました。
 ちえ先生が、一曲ごとにお話をなさって、この日のこの曲のために、一目ひとめ編んで衣装を作られた方や、演奏からは想像できないような、大変な生活の中でもピアノを生きがいとして続けてこられた方がいらっしゃることを知り、生活の中での音楽のあり方を考えさせられました。
 どのような環境でも、音楽を求めて生活していらっしゃる方たちからたくさんの元気を頂きました。
(京都府京都市 N.Y.)

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ちえの輪倶楽部「スポットカルチャー」

2005年

自分を知ることに なった発表会
 昨年のちえの輪倶楽部の総会で、 永田萠さんの絵本「しあわせの季節」に出会ったのがついこの前のことのように思われるのに、今年の総会の案内を先日受け取り、時の過ぎ行く早さを痛感しています。昨年の秋には、ちえの輪倶楽部のスポットカルチャーということで、この永田萠さんの絵本の朗読を智恵先生にお願いし、絵にあった曲を私のピアノ教室の生徒達が順番に連弾するという試みを発表会で行いました。絵本の絵も子供達と一緒に全て作成し、"音を見る、絵を聴く"を体験するべく臨みました。
 が、しかし...智恵先生にはリハーサルの日にまでご指導頂いたのに、発表会本番ではそれが活かされず、スムーズな進行にならなかったことに始まって、結局一つの舞台を作り上げるために必要な細かい配慮と計画性が自分に備わっていないことをはっきりと自覚しました。 このことから、より良く変わっていけるために、またより良いものを作り上げていくためにまずはレッスンにおいて少しずつ心がけていることがあります。挨拶はとにかく大きな声ですること、こちらの話しかけていることに対して、首を振るだけではなくきちんと声に出して答えさせること、グループレッスンで人の演奏を聴くときは静かに聴き、自分が演奏するときは聴いてくれる人たちのほうを必ず見て何を弾くかを伝えること、何よりも聴いてもらうための発表の場であるということを意識してしっかり練習してくること、いけないことはとにかくはっきり注意することなど、当たり前のことではあるのですが、どこかに遠慮があって私自身も徹底させることが出来ていなかったので、自分にも厳しく言いきかせるように努めています。
 そして、今年は例年よりも早く、発表 会で何をするのかを子供達に伝え、一人 一人が参加する意識をしっかり持てるように一緒に準備しようとも考えていますし、その子供達を支える保護者の方たちにもただのおさらい会ではなく、より良いものを作るのだという意識を高めてもらうために、早くから集まってもらい、発表会での役割分担を決めて臨んでいきたいと思っています。
 私は、今回の発表会を行ったことを実の所しばらくの間後悔していました。ピアノを教えることを疑問に思いやめたほうがいいのかもしれないとも思いました。しかし、智恵先生の、否定するのではなく前に向かわせる温かな助言や、ちえの輪倶楽部や周りの方々の励ましにとても助けられ、今では心から発表会をして本当によかったと思えるようになりました。なぜならば、この経験がなかったら変わるための具体策を直ぐに真剣には考えず、「所詮こんなもの」と半ば妥協し、全てを収めていたに違いないからです。ピアノの指導とは自分の生き方がそのまま関わってくる仕事だと痛感すると、これはレッスンだけを変えるのではなく自分の生き方も変えていかなければいけないのだと改めて考えさせられました。
(兵庫県三田市 B.N.)

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北村智恵・講座「指導者ゼミ 大人のためのピアノレッスン」

2005年

シニアのためのピアノ講座を立ち上げて
 4年前、指導者ゼミの「大人のためのピアノレッスン」についての講義の最後に、智恵先生がおっしゃった。「家に帰ったらすぐに 看板を出してくださいね!」その言葉がずっと頭から離れなかったのだが、自宅のレッスン室は狭く、2階にあることを考えると、高齢者の方のグループレッスンは無理とあきらめていた。しかしある時ふとひらめいた。「そうだコミュニティセンターがある!」私の住んでいる市には市の管理する4つのコミュニティセンターがあり、市民にとってはなじみ深く通いやすい場所である。早速企画書を手に直談判に行った。
 「こんなことをやりたいのですが... 」
 ―― 「はあ? でもこんなん人集まりますかねえ?」
 やはり... 。しかし私には強い味方があった。それは、智恵先生の「シルバーエイジの今からピアニスト」の教室を取材したNHKのテレビ番組「にんげんドキュメント」のビデオである(智恵先生、勝手に使ってすみません)。義母がこのセンターの運営委員をしていることもあり、無理矢理ビデオを見てもらった。効果はてきめん。
 「いやあ、感動しましたわ。やりましょう!」
 昨年4月「シニアのためのピアノ講座」と題して募集が始まった。あっという間に20名が集まりキャンセル待ちまで出てしまった。 そして講座がスタートした。緊張した面持ちの生徒20名が私の前にいた。その中にはなぜか義母の姿も。姑というプライド(?)を捨てて申し込んだその意気込みに脱帽してしまった。私よりずっと年上の生徒たちが、私の話に食い入るように耳を傾け、恥ずかしそうにピアノの前に座る...その姿を見るだけで頭が下がった。「何とかこの人たちのためにがんばろう。私の持っているものをすべてぶつけよう。」素直にそう思っている自分がそこにいた。毎回の講座は本当に楽しいものだった。私のキャラクターのため(?)か、笑いの絶えない講座となった。
 そうして今年5月、開講から1年を迎え、いよいよ初の発表会を行うこととなった。当日は地元のローカル紙も取材に訪れ、出演者たちの緊張度がさらに増す事となったが、智恵先生のスタイルを真似させていただき、一人ずつのインタビューをはさむことで笑いいっぱいのコンサートになった。生徒たちは「シルバーエイジの今からピアニスト」の中の曲を熱演。とても暖かい拍手を頂き、満面の笑みを浮かべてステージに立っていた。終演後の打ち上げで、生徒たちは「初めは発表会なんて絶対いややと思ったけど、やってよか ったわあ。」「人に聴いてもらえるのって楽しいねえ。」と、それぞれ感想を言い合った。そんな中、一人の人が「皆で一緒にがんばってきたからできたんやねえ。ほんとにこのメンバーがいてくれてよかったわ。」としみじみと言った。皆、うんうん... とうなずいていた。レッスンで素敵な演奏が披露されると「うわあ ... 素敵!」と拍手が起こり、練習不足で思うように弾けない人には「そんな時もあるしちょっとずつでいいんよ。」と励ましあっていた仲間。私が言う一言より、よほど頼もしい言葉であった。
 彼女たちは目下、「エリーゼのためにをあなたのために」に奮闘中。中には毎日2時間の練習を欠かさない人もいて、その熱意たるやもう私も足元にも及ばない。それぞれが、自分自身の「エリーゼのためにを あなたのために」を楽しもうとするお手伝いができることが、私は楽しい。そして、講座は2期目を迎えた。また20名の人たちとともに、笑いあり、やっぱり笑いあり、の時間を過ごしている。やはり私はこの仕事が好きなんだなあ... と実感する。そこに人がいて、そして音楽がある時、私はいつの間にか夢中になってしゃべりまくり、歌いまくり、弾きまくり、笑いまくってしまうのだ。なんて幸せな人生だろう... 。
 ところで義母は... 。新しい曲に入るたびにこうのたまう。「もう! 何でこんな難しいの~! 智恵先生に言うといてぇ~ 。」そして 2週間後。「いや、なんか弾けてきたわ。いやあ、弾けるやん。やっぱり考えてはるわァ 智恵先生は... 。」
 ―― 偉大なる義母に拍手。
(京都府城陽市 K.K.)

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北村智恵・講座「指導者ゼミ ピアノを教える人に(2002.4~2004.3)」

2004年

「智恵マジック !?」
 二年間の指導者ゼミナールの講義は、瞬く間に過ぎてしまった。何事でも興味が湧く物事の時間の経過は速い。私的な事で あるが、私はこの講座を四年前に受講希望をしたが、定員枠いっぱいと言う事で二年間待たざるを得なかった。しかし終了した今は、待った価値がある講座であったと言える。レッスン内容的な講義の間に、楽典・ソルフェージュ・音楽史・楽曲のス タイル等のお話を聞き、その度にレッスンの中で必要に応じて組み込んで行けば、その人が将来特別に、机に向かって頭を抱 え込んで勉強する必要性は無くなる ... と本当に思ったのは、智恵先生のレッスン室に伺った時であった。部屋の壁全てが作り付けの書棚で、楽譜はもちろんの事、おびただしい数の参考資料が並んでいる。堅苦しい本とかではない。子供が手を伸ばせば、そこに今弾いている曲の風土の地図・写真・物語り等がある。知らない内に美術・文学の世界にまで誘われてしまう。私には「目から鱗 ... 」であった。まるでミニ図書館。子供でなくても、音楽をしている者にとっては何時間でも居たくなる 部屋である。私は感銘を受けた。「真の教育者に出会った」と。この二年間、智恵先生に教えて頂いた事は、ある意味では全て判っていた事であった。が、解ってはいない事ばかりであった。教材内容的な講義はもちろん、グループレッスンの必要性・ 発表会の在り方・子供と熟年層への対応の相違・体型等による奏法の個人差等、内容の量と深さに、クラス全員からいつも感 動と尊敬の溜め息が溢れた。そう ...「智恵マジック」である。ほんの少しの工夫で生徒は変わる。(智恵先生はいつもそう言って下さるが、先生の努力は並々ならぬ物である事は、うかがい知れる。)
 私は卒業したばかりの頃、教えると言う責任感が 自己本位の物ではなかったか。
 いかに上手にするか ... それが押し着せになっていたのではないだろうか。
 生徒一人一人が only one の花を咲かせる ... 何と素敵な事か。そしてその為にも、智恵マジックを頂いて私達が指導者としてonly one の花 を咲かせる時が来ている気がする。二年間、実質的な事以外に「心の在り方」まで考えさせて下さった智恵先生に、クラス全員よりここに御礼申し上げます。ありがとうございました。
(大阪市 I.K.)

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北村智恵・講座「四手の愉しみ Ⅱ」

2004年

 9月開講のこの講座は、18年前、ちえ先生の生徒さん達が発表会でその初演を飾られたというピアノ絵本チャ イコフスキーの『くるみわり人形』から始まりました。それは、本来コンコーネの『連弾のための15の基礎練習曲』から、と考えておられたのを、敢えて「クリスマスのお話だからその時期に間に合うように」と練習期間をも見込んで下さった、ちえ先生のご配慮による順番でした。実際、既に演奏を予定されている方もおられ、その配慮 がバッチリ的中の開始となりました。
 先生のご指導は、連弾が"一人で弾いていない"という事を如実に感じ取れるものでした。それぞれの演奏技術 だけではなく、共有のポジションでの互いの思いやりや、ページをめくるタイミングの気遣いまでもが、音楽の中 に生かされていきました。また、連弾が"四手"である事を再確認させられる場面が幾度も有りました。四手それ ぞれのバランスの善し悪しで、聴こえてくる音楽やその流れが確実に違ってくるのです。先生のアドバイスで美しいメロディーがより一層引き立つ時、必ず他のパートも調和の取れた音量で奏でられています。そんな演奏に触れ、 講座参加の誰もが自然と笑顔になっていきました。本物の"四手"の音楽を充分に味わい、愉しむ為の「種」を一 杯見つけたような気がします。
 私事ですが、12月の初めに「21日にクリスマス会を兼ねて、地域の方々に楽しんで頂ける連弾の演奏を」というお話が舞い込みました。日数も少ないので、内心は「ギョエ~!?」と悲鳴をあげながらも、外見はいたって冷静に『くるみわり人形』から2曲を抜粋して演奏させていただく事になりました。...と、そういう訳で、ちえ先生の ご配慮が、ここに至って私にもバッチリ的中致しました事を謹んでご報告申し上げます。ありがとうございました。
(大阪府吹田市 H.T.)

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ちえの輪倶楽部会員 個々の活動

2004年

「発表会の企画」について―『発表会を見つめ直して』下―
 7月21日。ちえ先生に来ていただく、私たちの教室の発表会の本番を迎えました。前日は、不安で眠れないほどでした。
 「ピーターと狼」のリハーサルの模様までを、前回書きましたが、不安のひとつは、「ピーターと狼」の進行でした。リハーサルの後、生徒たちは、自分の演奏以外に、それぞれ係りをもつことになりました。生徒にあった高さの足台をピアノの下から素早く出し入れする係、4手と6手連弾が混じっているのでその時の椅子の移動係、物語にあわせて大型絵本をめくる係などです。また、フィナーレでは、全員が舞台に登場しますので、その時、上手と下手から分かれて入場します。そのスタンバイを考えると、仕事や演奏を終えたら次の用意のためにいつどこに行き、また、その次の仕事のためにどこに行くのか、一人一人違うということになります。43人の出演者ひとりひとりに、その都度、私たちが指示を出すことはとてもできません。生徒たちが自分で覚えて行動しなくてはいけません。そして、一人でも持ち場に遅れたり、忘れる人がいては、流れが止まってしまいます。生徒たちはきちんとできるだろうか、とても不安でした。ところが、生徒たちは、自分で行動しないと流れが止まるということをきちんと感じ、全員がそれぞれの場所で各自準備をし、絶対に遅れたり出忘れたりしないように、自分の出番以外も固唾をのんで舞台の進行を見守りました。私は、これだ!と思いました。つまり、自分の演奏だけで、他の人には無関心というわけにはいかない状況になったのです。私たちは「どうして今頃こんなところにいるの?早く○○へ行って準備しなさい。」とか「A子ちゃんがいない。早く探してきて。」なんて一言も言わなくてよかったのです。むしろ「フィナーレのために並ぼうか」と思ったときには、自分たちで並んで待っている状態でした。
 フィナーレで一人一人の名前がよばれて、お辞儀をするとき、生徒たちは皆、本当に誇らしい顔だったよ、とお客さんが言ってくださいました。リハーサルや道具作りなど時間をとるのは負担にならなかったかな、と心配していたのですが、生徒たちの笑顔を見て、やってよかったと思ったのは、私たちも生徒も同じだと思います。本当に智恵先生のおかげで、私たちも少し成長することができました。ありがとうございました。
 次に、先生にご指導いただいて、これまでと違ったことをいくつかしてみました。それについて書こうと思います。
 まず、お辞儀の仕方ですが、先生は、発表会でいつものように歩いて、いつものようにお辞儀ができると、その子の演奏は100%うまくいくと言われました。これまで、発表会だから、と2・3回前のレッスンから急に歩き方とお辞儀の仕方を教え、練習させていた私はびっくり。あわてて、普段のレッスンの挨拶で相手(レッスンでは先生)の顔を見る、心を込める、を徹底しました。また、椅子の高さも自分で直せるように、毎回のレッスンで実行しました。すると、ホールでも、自分で椅子の高さを変えることができ、先生が出て行くことがなくなりました。いつもの歩き方で歩き、いつものおじぎをし、いつものように椅子を直すことではじめていつものように演奏できる。「今年は去年よりあがらないで弾けた!」と嬉しそうに言う生徒に、「ごめんね、これまで気付かないことが多くて。」と、心の中で謝りました。
 他に新しく取り入れた事は、ソロのリハーサルです。本番一週間前に行いました。お互いの演奏を聴きあうことで、仲間意識を作ってほしかったのです。自分の演奏ばかりでなく、友達がどんな気持ちで弾いているのかを知り、演奏の前と後のあたたかい拍手を贈ることを身に付けてほしいという思いでした。これは多くの面でとても効果がありました。
 例えば、リハーサルで、暗譜が間に合わず、つっかえながら、手を震わせて弾いた生徒がいます。私は見ていられない程でしたが、生徒たちは、「きれいな音やった。」「いいメロディーやった。」と、次に会った時口々に言いました。実際彼女は、ゆったりとした曲をきれいな響きで弾けるようになってきたので、きれいな音でメロディーを際立たせることを目標にして練習してきていました。生徒たちがそのよい所を見つけ、応援してくれた事にとても感動しました。彼女にもそのことを伝えると、とても喜んで、本番で少しやり直しがありましたが、暗譜で、自信を持って弾く事ができました。彼女は、中一で、クラブも忙しく、発表会が終わったらレッスンをやめると、お母さんからもうかがっていたのですが、「もう少しやってみる。」と、今も続けています。私のどんな一言よりも、同じ教室の仲間に認めてもらうことが、大きな力になるんだと感じました。
 ほかには、生徒が出演者順に客席に座ったことです。こうすることで、自分の出番がわかり、また、自分の前後の出番の人と親しくなることで、舞台袖で待っているときに、一人で緊張しているということがなくなりました。全員が最後まで聴けて、保護者の方にも好評でした。
 よいことばかり書きましたが、演奏面の拙さ、連弾では呼吸が合わせられない、聴きあうことができない、などなど、これからの課題もたくさん目立った会になりました。よく考えれば、それらは普段のレッスンでしていないことばかりです。「発表会は自分自身が問われる場」毎回のレッスンそのままと痛感しました。積み重ねが大切、急にいいことはできません。 最後になりましたが、ちえの輪倶楽部の方もいらしてくださり、貴重なご意見をいただきました。こんな心強いことはなく、とても嬉しく思いました。これからも、こうしてお付き合いの輪が広がっていくことを楽しみにしています。ありがとうございました。
(奈良市 M.M.)

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北村智恵・講座「四手の愉しみ Ⅰ」

2004年

 幼い頃、私の遊びの中に"連弾ごっこ"がありました。相手は、友人であったり、祖母であったり、出来映えはともかく「楽し い!」という思いが心の中にあふれていたのです。特に幼な友達との連弾は、二人の友情を確認できる唯一のひとときでもありました。大きくなってからも、連弾の魅力は、常に私の心の中に居座っておりました。そんな思いを持ちながら智恵先生の講座に参加させて頂きました。
 曲目は、フォーレの『ドリー組曲』と、ビゼーの『こどもの遊び』。四手で弾くのがオリジナルというドリー組曲は、フォーレの友達の娘に書き綴られた曲で、純粋にピアノの音を楽しむ為に作られた作品です。私もその中のケティー(犬の名前)ワルツを 指導して頂きました。拍子のとり方や、セコンドからプリモヘつながるメロディーの受け方、ペダリングを教えて頂くと、本当に 音楽が生き生きと変わりました。『こどもの遊び』は、一曲一曲が標題のイメージ通りで、セコンドとプリモが美しく調和してい ます。メロディーラインを見つけた時の楽しみや、音量、音質をバランスよく弾く事の要求が、先生の指導ですぐさま輝いていく皆さんの様子に、ひきこまれたり、うっとりしたり、とても魅力ある講座でした。セコンドにすべての決定権があるという事、テンポやリズムは、その人の体の中にあるものなので、その通り出せるかは、"案"を出す事が指導のポイントである、という事を先生から教えられました。
 ソロで弾く楽しみと違って、連弾は一つの音楽を二人で作る共同作業。それがお互いをおもいやる心となり、そこに信頼が生ま れ、同じ感動をわかちあうことにつながります。素晴らしい愉しみがそこにあるのです。幼な心に感じ続けてきたものを再確認できた事が、大きな喜びとなりました。改めて智恵先生に感謝致しますと共に、次回も、楽しみで、待遠しくてなりません。冬に会う幼な友達と、もう一度、フランスのエスプリを奏でたい! と、今から胸躍る心境です。
(大阪府茨木市 S.M.)

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ちえの輪倶楽部会員 個々の活動

2003年

「発表会の企画」について―『発表会を見つめ直して』上―
 「発表会は自分自身を問う場、問われる場です。」と智恵先生に教えていただいてから4年が経ちました。この言葉を気にしつつも、 参加意識の低さや、マナーの悪さなど、毎年改善できずに反省ばかり...。
 そうして去年の発表会が終わった時、次回こそは生徒のためになる発表会にしよう、といつも合同で発表会をしているN.Y.先生とH.A.先生の三人で決心し、次の月から月一回集まり、話し合いを重ねてきました。その中で、智恵先生に発表会のとり組み方へのアドヴァイスをお願いしたいという気持ちが起こり、ちえの輪倶楽部の力を借りて、半年前からアドヴァイスをいただき、今月21日本番を迎えます。
 私たちのプログラムは、毎年第一部は独奏の部、第二部はアンサンブルの部です。アンサンブルの部ではこれまで、『世界の音楽』や 『乗り物の音楽』など、テーマにそった曲を演奏してきましたが、みんなでひとつのものを作っているという意識が育たず、自分の演奏だけで他は無関心という生徒が多いのが悩みでした。今年は『ピーターと狼』を選び、ナレーションを智恵先生にお願いし、三つの教室の生徒全員で全曲を演奏することにしました。これまでのようにはしたくないと思い、先生に解決の方法をうかがうと、「発表会当日、物語がうまく進む事や演奏が上手にできる事を成功とするのではなく、あなたたちが目標としている"みんなの心がひとつになること"が達成できて初めて成功といえる。例えば演奏がうまくいかなかった子がいた時『○○ちゃんが失敗したから台無しや。』と言う子がいたり、又『△△ちゃんは上手やから、私はどうでも、あの子がうまく弾ければ成功するわ。』と言う子がいては、例えお客さんに喜んでいただいても失敗です。」と言われました。当日までに連帯感をいかに作っていくか...。これが半年間の宿題となり、心に大きくのしかかりました。一方、物語にあった絵を数人で一枚描くと子どもたちが親しくなってよい、とか保護者には伝える努力を続ければ必ずわかってもらえる。特に新しい事をする時は反発もあるものだが、信念をもって伝える努力を怠らないように、と励ましていただき、勇気がわいてきました。
 こうして3~4月、全員が『ピーターと狼』の楽譜を買い、自分の演奏する部分を練習すると共に、お話を全部読みました。たった2ページ弾く為に95ページもの楽譜をめくってナレーションを読むの?とびっくりした子もいましたが、よく説明すると理解し「図書館にこんな本あったよ。」と絵本を見せてくれたりしました。
 そうしながら、自分の演奏する曲がわかってきた5月、この曲のテーマに使われている七種類の楽器の奏者をお招きして、原曲の楽器の音を聴く会を開きました。それぞれの楽器でのテーマの演奏と、しくみや奏法の色々を解説していただく会です。生徒にとっては目の前で見たり、単独で聴くのは初めてという楽器も多かったようですし、自分が今ピアノで弾いている曲は原曲ではこんな風だったのか、と思ったようです。中には、次のレッスンでピーターのテーマを弦楽器の美しいレガートで表現できた子もいて、私たちの方が変化に驚きました。
 そうして6月15日、智恵先生にも来て頂き、リハーサルを行いました。42人が18のグループに分かれて演奏します。本番一ヶ月前なのに演奏面での不安はいっぱい。楽譜は開け間違う、椅子や足台がうまく交代できない、移動に時間がかかる...と大混乱。積極的に動けない、他人を助けてあげられない、そして何よりも、いいものを作ろうという意欲が見えない!! これまでしてきた事は何の役にも立たなかったのか...と絶望的でした。
 しかし、その次のレッスンで生徒の姿に大きな変化がありました。椅子の移動や譜めくりをやろうと自分から言ってくれる中学生。まだ絵を描いていない子は「早く描きたい!!明日の朝来てもいい?」とせっつき、「CDを買ってもらいました。」と言って毎日聴いている様子の姉妹。相手のパートを歌いながら弾くようになった子。意欲が少しずつ行動に現れてきました。あまり練習しなくて短い曲しか弾いていない中学生の男の子が「みんなで力を合わせるとあんなことができるんだなあと思った。」と言い、今年初めて私たちの発表会に参加する生徒のお母さんは「今まで発表会というと身内の演奏を聴くものと思っていましたけれど、先生の所のは誰に来てもらっても楽しめますね。」と言って下さいました。生徒の絵を載せたちらしも作り、盛り上がってきました。これを本番まで維持し、少しずつでも生徒の成長を応援したいと思っています。

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北村智恵・講座「朝日カルチャーセンター川西教室 シルバーエイジの今からピアニスト」

2003年

 智恵先生のいろいろな講座を聴講するにつれ、「実際に智恵先生がどのように生徒に接し、また、その生徒がどのように変わっていくのかを見てみたい。」という気持ちが大きくなってきました。そんな時に「シルバーの方のレッスンを聴講できる講座ができた。」ことを知りすぐに申し込みました。
 1年間全12回の講座の第1回目は、受講生の方はピアノには全く触らず、読譜のために最低限必要な楽典の説明を詳しくされました。次からは前回に説明を受けた課題曲を一人ずつみんなの前で弾いて、智恵先生の指導を受ける公開レッスン形式です。ほとんどの方が本当に初めて「ピアノを触る」ので、人前で弾く緊張と思うように動かない指での演奏は聴いているこち らも緊張がうつるほど力が入りました。
 1曲目は左右の手を交互に使って弾くように編曲された「さくらさくら」。第6回目の講座では両手が違う動きで、強弱記号もついた「旅愁」。そして最終回、第12回目の講座では「エリーゼのために」のロンドテーマ。「さくらさくら」のぎこちない演奏を聴いた時には「エリーゼのために」を弾けるなんて信じられませんでしたが、3月の最終講座では、なんと12人中11人 が弾いてしまったのです。
 この1年間、一貫してあったことは「決して妥協しない」という智恵先生の姿勢だと思います。12回の講座の中で、「最低限守らなければならない事 ――指使い・フレーズの取り方・音の長さなど」は何度も注意されました。また、その注意もその人に適切な言葉をタイミングよくされるのを目の当たりにして「これだな!」と思いました。毎回が真剣勝負で、決して妥協しないという姿勢。「こうでなければならないのではない。自分の呼吸に合わせて心をこめて誠実に丁寧に弾く。練習さえすれば絶対にできる。やれば必ずできる。」と言い続けられ、全員がそれを実践しました。ただ一人、「エリーゼのために」を弾かなかった方は、前回の曲「愛のロマンス」を素敵に仕上げて弾かれました。
 最後にシルバーの方の感想から、「一生、命のある限りピアノを続けたい。」 ―― こんな事を言ってもらえるような先生になりたいなあ。
(大阪府茨木市 D.S.)

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ちえの輪倶楽部会員 個々の活動

2003年

お年寄りの笑顔
 ボランティアで老人ホームへピアノを弾きに行くようになってから二年半になりました。
 六十歳になった時 「長年志してきた音楽で何か人様のお役に立つことが出来たらなあ」 と云う思いにかられました。
 丁度その頃、近くに立派な特別養護老人ホームが建設されました。私は早速ボランティアでピアノを弾きにいこうと思い立ち、申 し出ました。
 お昼のくつろぎのひととき、BGMのつもりでポピュラーのピアノ曲を数曲弾いていたのですが、なつかしい日本の歌、想い出の曲 を弾いてみますと急にお年寄りたちがメロディーを口ずさみ始めました。「自分たちも歌いたい」 と云う気持ちがありありと伝わっ て来ましたので次回からは、ピアノの周りに集まって頂いて一緒に歌うことにしました。
 季節の歌を取り混ぜて歌いやすい曲から長い曲へと五~六曲組合わせ、歌詞を大きく拡大した歌詞綴りを作り一人一人に手渡して 歌うと云うやり方にしました。もう四十冊以上になっています。
 明治・大正・昭和と歌い継がれてきた童謡・唱歌そして日本の抒情歌は歌詞と曲が密着しており、歌詞の情景が目に浮かび、何と も素晴らしい曲ばかりです。歌いながら涙ぐむ方、「なつかしいなあ !!」と感嘆の声をあげる方、急に昔のことを思い出して大きな 声で話しかけて来る方たち、そんなこんなの場面に出会いながら私も一緒に感動しています。歌ってばかりも疲れますので、中間に、 リハビリを兼ねて手足や体を動かしながら歌える曲やタンブリンや鈴を使ってリズム打ちをしたり趣を変えています。いつの間に かこの時間は、ホームの職員やボランティアでお手伝いに来られている方達も一緒に参加して歌ったり、合の手も入れたりして盛り 上げて下さいます。後半は歌謡曲です。「上を向いて歩こう」 「こんにちは赤ちゃん」 「王将」 など、とても喜ばれます。最後はどう しても 「青い山脈」 を歌いたいと云われますのでこの曲を歌って終りにしています。毎回五十人余りの集いです。
 残念なことにピアノが古いもので、何とかもう少し新しいピアノで綺麗な音を聴かせてあげたいと云う気持ちから 「眠っているピ アノがあったら譲って戴けませんか」 と云う呼びかけをしていましたところ、100歳になられた入居者の御家族が 「どうぞピアノに 使ってください」 と云ってホームに100万円を寄付して下さいました。思いがけない有難いことで感謝しつつ、是非ともグランドピ アノを購入して頂くようホームにお願いし、楽器店と交渉に交渉を重ね新品のグランドピアノが年末に運び込まれました。
 早速 「ピアノ開きを」 と云うことになり、年明けの一月半ばプロのソプラノ歌手をお招きして皆さんが知っているなじみの曲、し かも格調の高い日本の歌を素晴らしいお声で歌って頂きました。館内のホールは百数十人の方々でいっぱいでした。誰もが感激し、 お年寄りの感嘆の声も飛び交いました。素晴らしい生の演奏を聴くことがどれだけ人の心を感動させ、喜びと活力を与え、心を甦ら せるものかと身にしみて感じました。最後は皆さんと一緒にいつもの数曲と青い山脈を歌って終りました。お年寄りの満足げのあ の笑顔は忘れられません。毎週一回訪れるボランティアですがこれからも続けられるだけ続けたいと願っています。
(京都市 Y.Y.)

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北村智恵・講座「研究課程 モーツァルト―ピアノソナタの研究」

2003年

 初めてモーツァルトのソナタを弾いた時はそれまで弾いていたソナチネに比べ、ぐっと洗練された響きがうれしく、また自分がとっても上達したような気分になったものでした。ところが、大学に入学し、試験の課題で久々に練習してみるとその難しいこと... それ以来『聴くのは好きだけど、弾くのは苦手』になってしまいました。智恵先生の講座ならきっとこの苦手意識を克服できるはず、と受講させていただきました。
 まず、モーツァルトとハイドンやベートーヴェンとの違い。生い立ちに始まり、性格や作風、作曲に対しての意識、その中でのピアノソナタの位置付け等大変興味深く、また先生の知識の深さや視点の鋭さに改めて感心させられました。
 次に幼年時代の作品を幾つかとりあげて分析。モーツァルトが五歳の頃から作曲していたことは知識としては知っていましたが、その作品の中にヘミオラを感じさせるものや休符の美しさを際だたせたもの、ロマン派を感じさせる半音階進行を使ったものなどが、すでに存在していたことには、私を含め受講していた方の多くが感嘆したと思います。
 いよいよソナタに入るとその思いはさらに強くなりました。一見すると単純な楽譜から謎解きやだまし絵、あぶり出しのように次々と 多彩な要素が浮かび上がってきます。「ソナタという枠の中で持ちうる作曲技法を精一杯駆使している」と、智恵先生がおっしゃられましたが、どの曲に関してもまさにその通りで、聴いている者に違和感を持たせない範囲で新しい試みがなされており、演奏する者には課題満 載なのです。智恵先生はモーツァルトらしく弾くために幾つかのポイントを示されました。指のコントロール、音色の他の楽器への置き換え、ペダリング、速度記号の解釈、曲想や音型によるデュナーミクのコントラスト、リピートの持つ意味、その曲が作曲された場所を知る こと等です。これらを考えることで、どういった演奏が要求されているかが見えてくるのです。
 毎回講座前には自分なりに分析し弾いてもいましたが、講座を終え弾いてみると、あまりの違いに唖然とすることばかりでした。また、 受講者の方々の演奏も自分とは違う視点に気付かされたり、智恵先生のアドヴァイスによってさらにすてきな演奏になったりすることも大変楽しみな講座でした。
(熊野市 A.T.)

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ちえの輪倶楽部会員 個々の活動

2002年

ようこそ...! ちえ先生!
 教室最年長(66歳)のTさんが、ご自宅で育てられた数々のバラを贈られたのがご縁で、11月3日(日)、ご多忙の中、北村 智恵先生が、私たちのピアノ発表会の応援にかけつけて下さいました。
 とても光栄なことで、胸が高まる中、正直今までになく不安な気持ちもありました。それは、初めての出産、育児が重なり、準備も選曲もなかなかうまく進まず、焦り悩みながらその日を迎えたからです。
 プログラムの最後には、北村先生の朗読、高瀬佳子さんのピアノによる、朗読とピアノのためのバラード「きつねのおきゃくさ ま」を演奏して下さいました。臨場感たっぷりで、生徒さんも保護者の方も熱心に聴き入り、感激していました。
 会が終ってから、先生より、アドヴァイスをいただきました。「発表会は弾きあう会ではなく聴きあう会に」「最後の音までよく聴く(余韻を楽しむ)」「おじぎ、拍手をもっと丁寧に」...etc. 気をつけていたつもりの事が、会を重ねる度にだんだんおろそかになっていた現実に、ハッとさせられました。第6回目にして大いに反省し、それと同時に、今後の教室に夢と希望を与えていた だきました。
 翌日11月4日(月)は、Tさん宅にて毎年行われているバラ観の会にあわせて、阪神大震災被災児支援チャリティーコンサートが行われました。北村先生のとてもわかりやすい解説付きで、高瀬さんの透明感あふれる音色に、しばし時の経つのを忘れてし まう程でした。
 バラと音楽のとりもつ素晴らしいご縁に改めて感謝し、Tさんの若々しい情熱に胸打たれました。芳しい秋バラの中、夢のよう な2日間をありがとうございました。
(香川県丸亀市 S.Y.)

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第1回ちえの輪セミナー「クリスマスと音楽」

2002年11月19日

2002年11月19日(火) 第1回ちえの輪倶楽部セミナー
「クリスマスと音楽」 会場:京都・旭堂楽器店2Fサンホール

「クリスマス音楽」をレッスンの中でどのように位置付け 指導していけばよいのでしょうか。今日は、智恵先生に 「クリスマス音楽」を宗教としてではなく 「文化としての宗教音楽」としてお話いただき、そのあと、その曲を演奏していただきました。
人も音楽も知ることで、より深く味わえるという、楽しく また、ぬくもりを感じた講座でした。


 11月19日「ちえの輪倶楽部」で初のセミナーが開催されるということで、参加しました。会場は京都市役所から寺町通りを丸太町のほうへぬける楽器店の二階ホールで、その辺りは京都の古い町並みやお店のたたずまいをまだ残す一角です。会場では「ちえの輪倶楽部」の事務局の方が、早くからセッティングをしたり参加者の名札をつくったり、細やかに気を配ってくださいました。始まる30分も前から「元気?」「久し振り、どうしてるの?」という声があちこちから聞こえてきて、会場はさながら同窓会のよう...。ちえ先生も「久し振りにお会いする方の元気なお顔を拝見して、胸がいっぱいになりました」と、おっしゃってました。和やかな雰囲気のうちに「クリスマスの音楽」の講座が始まりました。メイン・テキストは音楽之友社の「クラシックでクリスマス」でしたが、ちえ先生が用意してくださった資料のCDやテープを聴き、またクリスマスの絵本などを見せていただきながら、『文化としてのクリスマス』についてのお話を聞きました。
 クリスマスというと町中に溢れる音楽に、つい、こちらも浮き足立つような気分にさせられますが、その日は「世界中の人々の祈り」とか「やすらぎ」に思いをはせるような気持ちになりました。講座が終了して、その場でサンドウィッチや飲み物での親睦会も行われました。いすを並べ替えてテーブルを出して、と、皆さん、さすがピアノの先生方の集まり...手早い!とても暖かい、親しい人達の集まり、そしてパワーもある!親睦会の短い自己紹介の中にもそれが感じられました。「久し振りに勉強したって、思もたワ」「うーん、暖かい感じで良かったワ」まったく同感です。
 ホールを出ると、外は晩秋の古都。赤や黄色の街路樹を見ながら心が豊になりました。
(京都府宇治市 N.M.)

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北村智恵・講座「レパートリーを広げよう」

2002年

 初めて「レパートリーを広げよう」の講座を受講させていただきました。すでに何度も受講された方や私のように初めての方と、顔触れは様々ですが、指導者として北村先生の教育観に共感している人が集まっていて、その雰囲気が講座前から漂っていました。
 今回は日頃、レッスンや発表会で弾かれる機会の少い北欧のピアノ曲に触れるという事で、まずシベリウスが取り上げられました。シベリウスは、たくさんのピアノ曲を作曲していました。その中でも中期の作品は初めて彼の作品に取り組む人には、とっつきやすい曲が多いそうで、今講座でも何曲か紹介されました。どの曲も美しい旋律や素敵な響きで演奏効果があり、聴いていて、とても心地よいものでした。
 公開レッスン形式のこの講座では、受講者の中から何人かが、北村先生にレッスンを受けますが、どの人の演奏も、先生のポイントを押さえた指導により、一回目とは全く違い、すっきりとし、何よりも楽しそうに弾くようになります。楽譜の捉え方、読み方、指づかいの工夫等で、こんなにも変わるものだと実感しました。また、先生の指導を見させていただいていると、それぞれの生徒に合った内容を決して妥協することなく導いていく姿勢が伝わってきました。
 この北欧作曲家シリーズは、まだ一人目ですが、すでに新しい世界の曲に触れるきっかけになりました。これから、また新たな作曲家の作品に出会えると思うと楽しみです。まさに、レパートリーの広がる講座だと思いました。
(広島市 M.K.)

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北村智恵・講座「朝日カルチャーセンター川西講座 シルバーエイジの今からピアニスト」

2002年

 この講座名には高齢者の方々が臆せず憧れていたピアノを習いやすいようにとの智恵先生の願いが込められています。そして新たな試みとして、同時にレッスンを聴講し、『高齢者への配慮ある指導者』を育成することも兼ねています。
 第一回目は知的理解の早い大人の方々なので、音符を正しく読めるようになる楽典の必要なことすべての 説明を一気にされました。私達、指導者が聴いていても「なるほど!」と目からウロコの状態でした。受講された方々も本当に真剣に聴いておられ、皆さん一様に大きく頷かれる場面もしばしば...。でも、もっと皆 さんの心に響いた言葉があったと思います。「ピアノが弾ける事と共に、習ったことをきっかけにして、今までになかった生活、例えばコンサートやオペラなどに足を運ぶとか、出来たらいいですね。そして、音楽 との出会いによって人と出会い、心を行き来させる場になってほしいし、共通の趣味を通して仲間作りができる場であってほしいと思っています。」と、先生は願いを伝えておられました。そして何事も自然で無理 がない状態を作り出す言葉がけと配慮。シンプルでわかりやすく伝わる智恵先生の一言一言とその雰囲気がとても印象に残りました。
 そして、二回目の講座。一ヶ月間練習してきたとは言え、生まれて初めて人前でピアノを弾く方ばかりです。そんな皆さんの心理的負担が少しでも早く軽くなるように、先生は明るくユーモアたっぷりに、初心者 の方が陥りやすい間違いや注意すべき点、皆さんが言いにくい事や訊きにくい事を先に言って下さり、本当に皆さんの安心した雰囲気、先生に引きつけられて行く様子がわかります。緊張しながらも、お一人ずつ「さくらさくら」を奏でられました。どの人も自然で無理のない音で歌うように弾いておられ、その人のこ とが一番良く現れる「素の音」だったと思います。ある方はレッスンが終わった後「ピアニストになったみたい!」とはにかみながらも満面の笑みで言われ、感動しておられました。聴いた私にもその人の一途な思いが伝わり、目頭が熱くなりました。この講座に限らずいつも智恵先生から学ぶべき事は、教えるテクニックやノウハウだけでは無いと思います。これから一年間、受講生の方たち、お一人お一人の成長過程を見守り、同時に私達も成長していきたいと思います。
(兵庫県川西市 M.A.)

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